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フェイク

〜最終章〜

16.贅沢な思い

「サト、連絡は??」
「まだ、なにも……」
彼は収録が終わった後、すぐさま駆けつけてくれた。
「夏人が収録の合間に御園のマンション見てきたけど、居なかったってよ。連絡もつかない。事務所には事情話して、濱口さんに詰めてもらってるから」
「……うっ、うう……」
必死で堪えていた嗚咽が漏れる。泣くまい、狼狽えるまいと張っていた気がこのひとの前で脆くも崩れていくのがわかった。
「サト、大丈夫だから、な?」
親父さん達の前だったけど、彼がわたしを引き寄せて強く抱きしめてくれた。
「うっ……ま、さたか…雅鷹……どうしよう、あの子にもしものことがあったら……」
「あと1時間待って連絡がなければ警察に連絡しよう。予定じゃ撮りは9時までだったけど、今日は無理に俺のトコの撮り済ませてもらって先に帰らせてもらった。たぶん、連絡が入るとしたらそれからだ。」
今の時刻は夜の8時を回ったところだった。余程の無理を現場で言ったんだと思う。だってこのひとがメインの司会番組だから。
「サト、わるい……あいつがここまで思い詰めてるなんて、思ってもみなかった。プライドの高い女だけど、ココまでヤルとは……あいつを信用しすぎてた俺が悪いんだ」
「というより、ソコまで惚れさせちゃったのがやばかったんですよ、天野さん」
ちゃりんとキーを回して、車を近くに停めてきたなっくんが戻ってきた。
「昨日の帰り道もあのひとヤバかったですから。オレも、もうちょい気ぃ付けとくべきでした、すんません」
「夏人」
「帰り道ずっとブツブツ言ってたんっすよ。オレなんて言ってるかわかんなかったんっスけど、『嘘だ』とか『信じられない』とか、『私を選んだはずだ、パートナーは私のはず』って。天野さん、仕事とプライベートごっちゃにするようなことしました?前からそれっぽい態度だったから、オレやばいなーって思って、サトちゃんとのカムフラージュもそれがあったからなんっスよ」
ちらっと彼を見るなっくんの目がジトって、疑いの目になってる……。
「あーそれな、まあ、ちょっとな」
あったの?嘘……だったら、そうやってとぼけないでよ!!
「独立の時に『あんたの力が必要なんだ、今の全部捨てて一緒にやってくれねーか、オレの為に』って口説いた。」
「それって、聞きようによっちゃ、プロポーズともとれるようなせりふっすね」
呆れた口調で、なっくんはあの人の前のソファに腰を落とした。確かに、そうもとれそうな気がする。
「あん?これと同じセリフ濱ぐっちゃんにも言ったし、おめえにも言ったろ?」
「確かに聞きましたけどね……それ以外にもあったっしょ?」
「別に……ああ、独立記者会見のあと、雲隠れしてホテルにいる間、おまえが濱ぐっちゃんと合流するために離れた時期あったろ?あんときホテルの部屋で打ち合わせしてる間に、俺うっかり寝込んじまって……」
「それで?」
「目が覚めたら、あいつと同じベッドの中に居た。けど、服は着たままだったぜ?」
「その時サトちゃんの夢見てたなんてこと、ないですよね?」
「あー自信ねぇな。サト切れしてたのは間違いないから、結構たまってたし?」
もう、やめてよ!親父さんは居ないけど、真美子さんがいるんだからね!ああ、もう、真美子さんってば狼狽えちゃってるじゃない。親父さんにだだ漏れするわよ?
「けどよ、『オレなんかした?』って聞いたら、何もなかったって答えたんだぜ?ヤッタ気配も無かったしな。まあ、あいつが俺に気があるかなってのは薄々気がついてたケドよぉ、タレントとして惚れてる部分もあるから大丈夫だと思ってたんだ。今迄も、ちゃんと割り切れてたんだし……」
「なんか勘違いするようなことあったんじゃないっすか?サトちゃんから聞いてましたけど、オレとサトちゃんがつきあってるって誤魔化した後、サトちゃんにわけのわかんねぇ惚気言ってたんっすよ?」
「え……それ、マジ?」
「うん、事務所で寝る時、部屋の鍵かけるように言ったでしょ?あの時、寝てるあなたに御園さんがキスしてたのみたの。それを彼女知ってて、自分が居なきゃみたいなこと言って……」
「ああ、あんときな。おめえが起こしてくれたと思ったんだけどよ、感触が違うからすぐに気がついて、あれからは気をつけるようにしたぞ?考えてみたらホテルに籠もってる間も何度かあったみてぇで……ま、確証は無いっていうか、俺の寝起きは最悪だっておめえら知ってるだろ?」
知ってるけど、でも……そういう感情持たれてるんなら、なんで一緒に仕事続けようとするかな?そりゃ、独立時の手続きをスムーズにするにはあのひとの力は不可欠だったってわかってる。それをわかってて利用するのがこのひとだから。
わたしの時も、途中まで本気じゃなかったの知ってるもの。料理のうまい女見つけた、ぐらいで、わかってて利用されちゃったわけだし、途中からは本気になってくれたけど、そうじゃなきゃ同じ立場になりかね無いじゃない。
「それに俺は独立してからは気をもたせるようなことは一度も言ってねえ。ただ、濱ぐっちゃんにサトのこと話したあと、マネージャーにもリスクの相談しといたほうがいいっ言われてよぉ、確認のために『独立後に結婚とか入籍とかやっぱイメージ悪くなるか?』って聞いたことは聞いた。サトに会わす前だったから」
「天野さん……それはヤバイっしょ?あの女、それ自分のことだって勘違いしてたんじゃないんですか?サトちゃん姿消してからは見事に女の影消したから、他の女とじゃないって勘違いされてもしょうがないじゃないっすか!」
「そうか?けど一言も誰が相手とかも言ってねえぞ?まあ、俺も早めに決着付けたくて、明日の記者会見利用して発表しようかと目論んでたんだけどよ、昨日バレたの幸いに事実突きつけりゃ簡単に諦めるって思ったんだ。けど、とんでもねえことしでかしてくれやがって、たとえ勘違いしてても、まーのことは別だかんな」
それには全員が頷いた。御園さんが勘違いで天野さんとの結婚を夢見ていたとしても、騙されていたと逆恨みしたとしても、子供を勝手に連れだしていいはずがない。でも……
「目的はなんなんっすかね?」
「金じゃねえだろ?おまけに俺たちが警察にすぐに訴えられないってことも知ってる」
その時テーブルに置いた彼の携帯が鳴った。そこにいた全員がびくりと身体を震わせて、固唾をのんでそれに答える彼を見守っていた。側に近寄ると僅かだけど向こうの声が聞こえた。
『もしもし……天野、くん』
「ああ、俺だ、マネージャー」
『もうわかってるわよね、わたしがなにをしたかって……』
「まーは無事か?まーを、俺の息子を返してくれ……その子には、なんの罪もないはずだ!」
『無事よ。声聞かせてあげたいけど、ぐっすり眠ってるの。でも、謝るってことは、自分が悪いことをしたって思ってるの?嘘よね、思ってないわよね……』
「思わせぶりに取られていたとしたら、謝る。そんなつもりはなかったから。あんたは俺が独立するために必要なスタッフだった。頼りにしてるんだ、いまでも」
『勝手に勘違いしたわ……眠ってるあなたが誰と間違えて私にキスしたのか、今考えればすぐにわかるのに……』
「御園、たのむ、まーを……」
『危害を加えるつもりはないわ。ちゃんと無事に返します。ただ、明日、記者会見で余計なことを言わないで!結婚や入籍なんて、それも子供まで居たってなるとこの先仕事が減ってしまうわ!アイドルに妻も子供も必要ないのよっ!!』
「俺は……ギャラクシーが無くなった時点でアイドルを辞めたつもりだ。これからはタレント天野雅弘としてやっていきたい。それに、発表しなくても昨日すでに手続きを済ませてるんだ」
『そ、そんな!』
「サトは、籍も入れてねえ男の子供をたった一人で産んで育てようとしてくれた。今はもう手放す気もねえよ。その為の独立だって言ったろ。俺達はこの時をずっと待って、いつでも届け出せるように準備してきたんだ。だから今、警察に届け出れば、その子は俺の子として捜索される。頼む、これ以上、騒がれたくないだろう?あんたを警察に突き出すつもりはない。あんたは、俺のマネージャーなんだから……俺の芸能生命のことを考えてやっただけなんだろう?だから、御園、まーだけは返してくれ!!」
あのひとの声が掠れて上擦る。携帯を握りしめる指が真っ白になっていた。わたしは、その手にそっと指を重ねるだけ。思いは同じだから……雅鷹を返してくれたら、何も望まない。
『……っ……』
くぐもった嗚咽のような声が漏れ聞こえるだけで、答えはなかなか帰ってこない。
『明日まで、待って……危害は加えない。ううん、そんなことできない……こんなにあなたによく似た子を、憎むことなんかできない……こんなつもりじゃなくて、わたしは……』
このひとは、本当に天野雅弘のことを思ってくれたんだ。やり方は少し違ってしまったけれども。
「信じるわ、御園さんを……だから、待ってます」
「サト……ああ、そうだな。御園、マネージャー、待ってるから」
『ありがとう、明日必ず返すわ。制作発表が終わるまで、それまで、まって……』
そう小さく聞こえて電話は切られた。

「いいんですか?本当に」
なっくんには少し理解が出来なかったようだった。わたしたちはこの事件を警察に伝えるつもりはない、事件にしないと約束したのだ。雅鷹さえ無事に帰ってくるならなにもいらない。それが切なる気持ちだから。
「いいの、明日、待ってる」
「信じるしかねえな。下手に動いて刺激したくないし、明日の制作発表は大人しくしてるさ。わるいな、サト。またおめえこと公表するの遅れちまう……」
「いいよ、雅鷹と二人籍に入れてもらったんだから。今は、雅鷹が無事帰ってくるなら、何もいらない……雅鷹さえいれば、一生あなたの奥さんになれなくても構わなかったんだもの」
「サト!そんなこと言うなよ!」
「信じたい、だけど、あの子の顔見るまでは……」
「ああ、わかってる」
ほんの少しでも信じる気持ちを緩めると襲ってくる不安。あり得て欲しくない『IF〜もしも』ばかりが頭の中に沸き上がってくる。
その夜は、ずっと抱き寄せてくれるその腕と胸の温もりに包まれて、わたしたちはまんじりともしない夜を過ごした。


翌日、制作発表は午後に行われた。
彼の役柄は、元族の頭でありながら更正して大学に通い、妻と子供を養う真面目なサラリーマン役。ある日突然妻を亡くし、慣れない子育てをしながら、隣に住む心に深い傷を負った女子高校生との交流を通して、他人同士でも心に繋がりを作っていくというハートフルドラマだった。最後はまあ女子高校生と、っていう展開なんだけれども、子役が泣かせるので有名な柳瀬翔太で、女子高校生役は素朴な役柄の多い清純派の蒼井きらだ。天野雅弘は、父性愛乏しそうで、子持ち子育て役が全く当てはまらないだろうというギャップが理由でキャスティングされたと、プロデューサーが冗談交じりに説明をしていた。実際は意外にも子育て上手な父親が格好良く見えるって設定らしい。
そっか、この役だったから、ここで公表しようとしてたんだね?
ちょうど先に新生J&M発足の記者会見が元社長直々に行われ、世間が注目し、その後立て続けに東邦のテレビ界進出、Fテレ株取得の会見が続き、正直言って彼の番宣には心許ないほどの数の取材陣だった。もしかしたらこれも狙いだった??

「天野さん、子持ちの役なんて初めてですが、どうですか?子育てのシーンは、自信ありますか?」
「そうですね、あ……」
テレビの画面の中、にこやかに記者達に質問される彼の表情が引きつって止まった。
「────自信、ありますよ。俺、子育て経験ありますから」
にっこりと笑う不貞不貞しい彼らしい自信たっぷりの顔。
「はぁ?お姉さんの子供さんとかですか?」
「いえ、俺の子、です」
「え?天野さん、何をいって……」
周りもあたふたとし始めていた。だけど彼の目は真っ直ぐ前に向いていた。
「あれ、うちの子です。マネージャーが連れてきてくれてますが、実は昨日入籍しまして、事情があり今まで公表してませんでしたが、子供もいます。ですから今回の役柄には自信もありますし、今までのアイドル・ギャラクシーの天野雅弘でなく、一人の男、今回は俳優としての自分を見て欲しいです。」
再び愛想のいい顔を見せると、どよめきの中なっくんが御園さんに駆けより子供を受け取った後ろ姿が見えた。

「里理ちゃん、あれ!!」
「うん、うん……」
テレビの前で真美子さんが泣きながら抱きついてきた。なっくんの手からあのひとの腕の中に抱き留められるあの子の姿。

「ぱー」
可愛い笑顔に会場がどよめき、そして手慣れた姿で抱き上げるあのひとの姿に皆が言葉を忘れているようだった。
「俺の子、雅鷹です。妻は里理、長年自分を支えてくれたすばらしい女性です。アイドル・ギャラクシーでいる間は籍を入れることも、公表することも憚られていましたが、こうやって独立した今、ようやく皆さんに話すことが出来ました。制作発表の場を借りて、このような勝手な言動しましたこと、共演者並びに主催者側の皆様に深くお詫び致します。ですが、今回の役を皮切りに色んな役幅にチャレンジしていきたいと思います。皆様、どうかこれからも、よろしくお願い致します。」
深々と頭を下げるあのひとと、手を叩いて笑う雅鷹の無邪気な声が会場中の拍手にかき消されていく。
「おめでとうございます!お子さん天野さんにそっくりですね。それでは、天野さんのこれからに期待しております。なおこのあと、天野さんがインタビューに答えられると言うことなので、お時間の許す方はそのままお残り下さい」
司会者の言葉に、流されて一旦会見が終了し、収まらないその場を何とかするために、このままインタビューを受けるというあのひとを残して、再びなっくんに連れられて雅鷹が会場を去っていくのを確認したわたしはすぐさま外に飛び出した。車の鍵をもった真美子さんが追いかけてきて、『送ります』といってくれたので、車庫出ししてる間、家の外で待っていたらなっくんからの電話が鳴った。
『サトちゃん、見てたっすよね?まーくん無事だから!!めっちゃ機嫌よくって、今から事務所に連れていきます!そっちに来てください!』
隣で賑やかな雅鷹の声がする。人見知りしない子だけど、初対面の人相手に、ここまで機嫌いいなんてちょっと問題って、贅沢にもそう思った。
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