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フェイク

〜最終章〜

17.エピローグ

元ギャラクシーのリーダー天野雅弘の入籍と隠し子騒動は、その日元J&Mの社長が立ちあげた新会社と東邦EMGがテレビ局買収の意向を発表し、その話題の陰に隠れてあまり騒ぎ立てられることなく終わった。
記者会見できちんと答えたのも、冗談社を通じて独占インタビュー記事を載せたのも幸いしてか、敢えて自宅に押しかけられることもなく、記者に出会えばきちんと笑顔で答えるものだから悪印象はなかったようだ。J&Mの締め付けがキツかったのは業界ではオフレコになっていた事実であったし、それが原因の解散だった、とか新事務所設立の謎が解けたなどと、オープンにされた話題にクエスチョンマークがつくことはなかった。わたしのことも彼の仕事仲間の間では名前が知れていたので、『ああ、あの子ね。長いよ〜〜ずっと仲良かったよ』『天野くんの我が侭も上手くあしらってた』『あの子ならいいお母さんになるだろうね』なんて言葉がちらほら。身内びいきではないが長く、一緒に仕事してきた人たちは養護してくれたのが嬉しかった。

それからは引っ越しやなにやらで大忙し。それらもあっという間で……
誰も御園さんを訴えようとはいいださなかった。親父さんが、何か言いたげだったけれども、最後までわたしたちに任せてくれた。
御園さんは仕事の全てを片づけて、なっくんに後を任せて事務所を辞めた。マネージャー職を完全に引き継いだなっくんは、もうすっかり天野雅弘のマネージャーって顔をしていた。現場はなっくんに、事務的な仕事はわたしに、契約や企画、根回し、人脈的な交渉は濱口さんが以前よりも精力的に動いてくれることになった。
彼女は事務所の独立の手続きの多忙さと、天野雅弘への気持ちに押しつぶされそうになり、精神安定剤を常用していたそうだ。デキル女だったからなのか、相談出来る友人も居らず、全ての感情を自分で処理しきれなかったらしい。

「わたしはね、プライドの高いだけの女だったのよ。前の仕事を辞めた時だって、誰かに相談していればもっと違う形が取れたかも知れない。なのに、同じように自惚れて、自分が必要とされてるって思いこもうとしてた……」
雅鷹を受け取ったあと、事務所で少しだけ御園さんと話した。
彼女は泣きそうな顔して笑って、ごめんなさいと言った後俯いて顔を上げられなかった。だれにも泣き顔は見せたくなかったのだろう。それがこの人の精一杯の強がりだった。
「自分がやったことの罪の重さは、これから償っていきます。発作的に連れだしてしまったけれども、この子泣かないんだもの。笑ってすり寄ってくるの……もう、自分のやってることがばからしくなって、あなたに悪いことしたと、思いしらされたわ。」
気丈にもそう言っていた彼女が、記者会見を終えて自力で事務所に戻ってきたあのひととすこしだけ二人で話させて欲しいといってきた。濱口さんやなっくんは辞めた方がいいと言ったけれども、わたしはそれを認めた。どうこうなるとかそんなものでなく、本当に彼女の中で決着をつけることが出来るのは天野雅弘ただ一人だとわかっていたから……
しばらくの間、奥の部屋から出てこなかった二人の間にどんなやりとりがあったのかは敢えて聞かなかった。ただ、出てきた時の御園さんは目を真っ赤に泣き腫らして、子供みたいに所在なげだった。あのプライドも高潔さも微塵も残さず項垂れてあのひとの肩に顔を押しつけたまま出てきた彼女は、わたしを見てすぐ身体を離し無言で深々と頭を下げたのだった。
わたしが入れたコーヒーをゆっくり飲み干した頃には落ち着いた表情になり、彼女は事務所を後にした。お金で片が付く事じゃないけれどもと、事務所に出資したお金は返さなくていいと、住んでいたマンションも引き払ってどこか田舎に行くそうだった。『汗水流して働いて、自分で自分が許せる日が来たら、もしかしたら、またこの仕事に戻ってきてもいいかしら?この仕事、嫌いじゃなかったの。それでもいいかしら?』と。わたしもあのひとも、なっくんも濱口さんも、皆頷いていた。彼女のこの仕事に対する情熱は誰もが認めていたから……そして、憎むより、許す方が幸せなのだからと。

ドラマはすごく好評だった。あのひとの父親役は随所に新しい魅力を見せつけて、ドラマが終わる頃には主人公の女子高生と一緒に恋をしていた。子供を思う父親役を、ちゃらんぽらんな顔とマジな顔を使い分けて、今までにない魅力を引き出したと評価も高かった。急遽台本にない子役の赤ちゃん時代のシーンに雅鷹が使われたのは言うまでもない。どこにいっても『よく似てる』と言われ、私が連れて行くと皆で『あーやっぱり、里理ってサトちゃんだったんだ』とスタッフに肩をたたかれた。
付き合ってる付き合ってないにしても、わたしたちが口げんかしたり、あのひとがわたしをパシリに使ってたのも全部『じゃれあってる』風で、仲いいんだろうって思っていたと。『見てて微笑ましいほどあんた達自然体だったからさ、サトちゃんが居なくなった後、やっぱり天野さん荒れてたし…』そう後で色んな所から聞かされたほどだ。

「それにしてもほんとに似てるね」
「あ、ありがとうございます」
凄く慣れたような手つきで雅鷹を抱いたその人を前に、わたしは赤面するほど緊張していた。
「おい、何おめーまっかになって照れてるんだよっ!」
「ほんと、口は悪いわ、態度はでかいわ、身の回りのこと何も出来ないわで……って里理ちゃんが一番よく知ってるよね?料理出来ないのうちじゃコイツだけだったし。なのによく耐えてくれて、ありがとうな」
たまたま年末前に、緋川さんと会うことがあった。そっか、コノヒトの中でも未だにギャラクシーは『うち』なんだ。長い間一緒にやって来たことは決して無駄ではない。彼らには彼なりの関係、繋がりが未だにあるのだ。
「年末、あいつらやるらしいな」
あいつらっていうのはストームのことだ。間近になって噂が先行してる気もするけれども、みんな気になってしょうがないみたいだ。
「ああ、拓海はどうすんだ?」
「俺は舞台だ」
緋川さんは年末、大晦日に主演舞台の千秋楽が入っているらしい。
「そっか、俺はオフだ……しばらくは役者中心で、バラエティも半分は卒業だな」
子持ち、隠し子と、まったく仕事に影響しなかったわけではない。独身でカッコイイアイドルバラエティの需要が多かったので、そっち系の番組は改編期に司会者交代になった。けれども、共演者に可愛がられてた彼は、あの後すぐに共演者側に説明の電話をいれたり、わたしを連れて挨拶に行ったりと、フォローのおかげかそのまま続行になった番組もある。長い帯番組はわたしも仕事で顔をだしていたので、スタッフの反応も悪くはなかったから。個人事務所の割にはフォローは完璧、このあたりが年の功の濱口さんで、契約更新時の条件をきちんとしてくれていた御園さんのおかげでもある。


宣言通り年末はコタツで紅白、ううん今年はストームのコンサート中継だった。
「あ、いつら…」
中継画面の中に旧J&Mのメンバーが紅白からなだれ込む。もう誰も止められないその状況に、熱い想いを感じていたのはわたしだけじゃなかっただろう。
不可能と言われたJ&Mの再生、そしてストームの復活を果たした若い彼ら達、起こした奇蹟を目の当たりにして心が動かないはずがない。彼らは不可能を可能にして、多くのファンだけでなく大衆も、マスコミも、そして元J&Mのメンバー達もを動かしたのだから。

「行きたい?今からでも」
「ああ、気持ちはな。けど、俺はココにいる」
「どうして?」
「俺はもうオヤジだからな。アイドルは卒業だ。これからはおまえ達を喰わしていくためにも頑張るし、俺のファンでいてくれる人のためにも頑張って行きたいと思ってる。でもそれは、俺という人間をわかってもらって、その上で評価してもらいたいんだ。別にアイドルでもいいけどな、芸能人なんて夢売らずに何売るんだって思ってるからよ。まだまだおめえにも迷惑かけるかもだけども、たぶんもう歌わないだろうし、あんな大きなトコでは踊らない」
少しだけ寂しそうに画面の中、大合唱をはじめたみんなに優しい眼差しを向けていた。いきなりの解散宣言で幕をおろしたギャラクシーという、この人がわたしとの結婚になかなか踏み切れなかったほどの大きな宝物から、今ようやくちゃんと卒業式をしているのかも知れない。
「取りあえず、すんげえ寂しいんだけど。サト、慰めてくれっか?」
「へっ?」
どすんと後ろに押し倒されて、真上にはんてんを着たままニヤって笑ってる元アイドルが一人。
「俺、コタツえっちってスキなんだよなぁ、すんげえやらしいコトしてる気がしてさ」
「やっ、何言って……もうすぐ除夜の鐘が」
「いいねぇ、年越しえっちってか?」
「ちょっと、雅弘さん、な……んぅ」
唇を塞がれて、目を閉じる。テレビからはフィナーレの歓声が消えることなく続く中か、遠くからお寺の鐘の音がゴーンって響いて来るのが聞こえたけれども、その後は何も考えさせては貰えなかった。

何度も求められて、快感を共有した後、密着した体制のままコタツで眠りこけていた。下半身だけ異常に暑いまま、汗かいて寄り添って眠る新年。目覚めた時が恥ずかしいほど、二人敷物を汚したまま……

「愛してる、サト」

また眠ってる間に言うのはずるいよ、返事出来ないじゃない。
だから『わたしも』って、夢の中で返事した。
明け方雅鷹の鳴き声に起こされるまで、ふたりコタツに素っ裸で寝てしまってたのに風邪を引かなかったのは、幸いだった。



これからは二人、夫婦として生きて行く。愛しい子供と、もしかしたら新たに授かったかも知れない命も加えて、家族として生きていく。
もうニセモノじゃない、本物になれたんだ。
二人、これからずっとリアルに生きていく。
偽ることなく……


Fin
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