〜最終章〜
9.わからなくなる 「煩い、騒がれたくなかったら早く中に入れろ!」 低い声で怒鳴るように囁くけれども、さっきの今でそれを許すわけにはいかない。このひとの行動いかんで進路も退路も決まってしまうのだから。 「だ、だめだよ!」 「さっさと鍵開けろよ!親父さんには明日の朝謝るから、な?」 その目が怒りのボルテージを上げてきてるのが分かる。一色触発、苛々とした仕草がわたしを急かす。 「わ、わかったわ…でも、すぐに戻って。お願いだから…」 寄せられた身体から夜気の湿った匂いが感じられた。もしかして随分長い間ここで待っていたのだろうか? 「話しを聞いてからだ!おまえは、携帯にも出やしない、気になってここまで来てみれば夏人とナニいちゃこいてんだよっ!」 ひっ!!携帯、マナーモードにしてカバンの中に突っ込んだままだった!!ヤバイ、怒らせたら怖いんだよね。このひと…眠くて超機嫌悪そうだし? 「ごめんなさい、判ったからとにかく静かにして。今、鍵開けるから…」 そっと彼の身体を押し戻して玄関のドアを開けた。 零時過ぎ、早寝早起きの我が家は誰もが眠りについているはず。それでも部屋に戻れば雅鷹を寝かしつけるために待ってくれている真美子さんがいるはずだった。 どう言い訳しようかと考えていたら、部屋にはメモ書きが一枚。 <まーくんは子供達と一緒の部屋で寝てしまったのでこのまま休みます> とのこと。何もこんな日にそっちで寝なくても、と思ったけれどもそれは口には出さない。 「なんだ、雅鷹いねーの?久しぶりに寝顔見れると思ったのにな。」 一応父親らしいことを言ってくれたのがちょっと嬉しかった。久しぶりと言えば久しぶりだ。だけど、このまま逢わずにいれば、雅鷹も自分の父親がこのひとだって知らずに育つのだろう。 だけど、なんだかんだ言ってこのひとも、自分が父親だと自覚してるみたいだし、将来必ず認知して籍を入れることを約束してくれているのも確かだ。その彼がなっくんの言い出したことをまともに受けるとも思えない。 あんな無茶苦茶な提案… なっくんと入籍して雅鷹も認知してもらうって案。そしてこのひととは身体だけの関係を続けてもいいなんて、そんなの承知するはずないって思いたい。いまはそんな関係じゃないと信じたいから。 一応、夫婦らしき絆はこの部屋で過ごす時間が増えるほど強くなっていたと思う。彼の部屋に行くときは一人の場合が多くて、必然的になし崩し的に身体の関係に浸ってしまうことも多かったけれど、ここでは違う。わたしの家族がいて、雅鷹がいる。家という存在の中で家族になろうとしていた。このひとも嫌がらずにそんな時間を作ってくれていた。そんなにたくさんの時間じゃなかったけれども。 「で、なんで夏人と?携帯もいくら鳴らしてもでやしねえ、ナニやってたんだよ?」 「えっと…ちょっと、落ち込んでいたんで居酒屋で励ましてもらってただけ。」 本当の事なんて言えない。たぶん激怒すると思うから、このひとは。でも、今、味方を作っても敵は作っちゃいけない… 「それだけじゃねえだろ?だったらあんな…」 あんな? そう口にした彼が言い淀んで、言葉を飲み込んだ。 「…夏人に言い寄られたか?」 「え?ま、まさか…」 「じゃあなんであいつがあんな顔して帰ってくんだよっ!髪にキスされてただろ?見てたんだからな…」 うわぁ…それ駄目じゃない!でもそれ以上に今の状態の方がヤバイ。 布団を敷いていない部屋の中央で面と向かって座ってるだけ、なんだけどあまりにも視点が近すぎる。 ずいっと身体を寄せられて後ろ手をついて必死で身体を支えるけれども、彼は膝を立てて覆い被さるようにわたしの顔を覗き込んでくる。 「何があった?」 い、言えない!!嘘でも、プロポーズらしきことをされただなんて。 「サト」 真剣な視線がわたしを捉える。ああもうやめてよ、弱いんだから、その目に… 「あ、あの、ね…御園さんに、キスマーク見られたの」 「なんだ、そんなことか?別にそのぐらい、相手がオレだって気付かれてないだろ?」 「そりゃそうだけど。それでちょっと、言われて…だから、あんまりああいうことしないで欲しいの。」 「ふーん、わかった。けどそれと夏人と居たのと、どう関係あるんだ?」 「キスマークつけるなんて、子供いるのに遊んでるみたいに言われて…その、わたし落ち込んじゃって。なっくんはそれ見て、元気出して飲みにでも行きましょうって誘ってくれて…」 「へえ、それで俺に連絡もせず、携帯にも出ず二人で楽しく過ごしてたってわけ?」 「…い、いいじゃない同僚と飲むくらい!前もよく一緒に行ってたでしょ?わたしだって飲みたくなるときがあるわよ…ちゃんと真美子さんに雅鷹のこと頼んでいったし、彼女も構わないからゆっくりしてきなさいって言ってくれたんだから!」 「おま、開き直りかよ?夏人とも今まではオレが一緒に居たからだろ。いくら真美子さんがいいって言ってもダメだ!もう、行くなよな!せっかく時間ができておまえに連絡入れたのに…次からちゃんと呼んだら事務所に来い。」 「行かない…」 「はあ?」 「もう、事務所にも、雅弘さんの所にも、行かない…」 すべてにおいてこのひとを優先しろって、わかってる。それだけ二人で逢える時間も場所もないんだから。だけど、こんな言い方はないと思う。それに、こんなこと続けてれば、そのうち本当に御園さんやマスコミにもばれてしまうじゃない! だから、もう、行かない… 「なんでだよ!?」 「ここにも、もう来ないで…」 事務所も辞めたほうがいいかもしれない。なっくんの言う通りなんて出来そうにないし、どうせ入籍も認知も先の話なら雅鷹に期待させるようなことしないで、母子二人でこの家でそっと暮らしてるほうがいいに決まってる。このひとは約束を守るつもりでも、あと何年後かもわからない。その間に雅鷹がいくつになるかなんて考えてないと思うから。 保育所に入るにしても、幼稚園に入るにしても、父親の欄を空けたままだとおもうと、いっそのことなっくんでもいいから父親の振りしてほしいなんて思ってしまう。 苛められたらどうしようって思うし、まだ幼い雅鷹が自分の父親のことをどう口にするのかなんて、考えたら知らないほうがいいに決まってる。元ギャラクシーの天野雅弘が父親だと主張したところで誰も信じないだろうし、信じたところでそれをマスコミに話されたらどうしようない。 少しでも側に居たくて事務所にも行ったけれども、なっくんに全てばれてしまった今は、もう行かないほうがいい。 「何訳わかんない事言ってるんだよっ!サト?理由を言えよ、理由をっ!」 激しく揺さぶられて、真剣な目でにらみ据えられて、理由もなしには聞いてくれそうにもなかった。 「気付かれてるって言ったら、どうする?」 「え?」 「わたしたちのこと、この間から夜逢ってるのとかも…子供のことも」 「本当か?」 「…本当だったらどうする?」 「誰にだ?」 「誰に知られたら困るの?マスコミ?それとも事務所?全部でしょ!だから、気付かれて取り返しのつかないことになる前に辞めるから、事務所…」 「なんだよそれ?知られたらヤバイからもう事務所にも来ねえって言うのか?」 呆れた様な声、でもその声は冷たく響いていた。うう、やっぱり怒ってる…でも知られたらじゃなくて知られてるんだけど。 「見つからないようにって息を潜めて逢いに行くのも、事務所で知らん振りするのも疲れたわ。もしもの事を考えたら今まで通りこの家でひっそり暮らしてるほうがいい…雅鷹の側にだって居てやりたいし。あなたがここに来るときだって、見られてないかどうか気になるから、だから、もう…」 入籍も認知も、ずっと先になるならそれまで放って置いて、と言ってしまいそうになる。でも、これはこのひとが一番気にしてることだから、これ以上攻めることは出来ない。 「それじゃオレはどうすりゃいい?おめえ抱けない間どうやって過ごせっていうんだ?」 「それは…」 「また酷い目に遭うのはおめえだってわかってるだろ!それとも、他に女作っていいのか?」 それは嫌、絶対嫌!でも、バレちゃってる今自粛しないとどうなるかわからないじゃない?なっくんが味方してくれたとしても、その条件がアレだったら、それこそこのひと怒り狂うかも知れない。それともこれ幸いと乗るだろうか? 「嫌だよ…でも、怖い…マスコミにバレるのも、事務所のみんなに知られるのも。行かなきゃよかった…」 行かなければずっと逢えなかった。それに耐えられたかどうかはわからない。この人が必死に頑張ってるのを少しでも手助け出来て嬉しかったのは本当だ。正式な形で認められて居ないけれども、わたしの心も身体もこの人の妻だから…支えになりたいし助けにもなりたい。それを堂々と出来る御園さんが羨ましくも思える。 でも、もし彼女がわたしの存在を知ったらどうなるか…御園さんの気持ちは薄々感じている。回りだって気が付いてるかも知れない。TV局に行ったときだって、若い女性マネージャー連れて独立したことを回りは『出来てるんじゃないか』と疑ったりもしていた。そりゃそうだろう、御園さんは才媛で仕事が出来る綺麗な人だ。何年も側にいても疑われもしなかったわたしとは違う。なっくんはそうじゃなかったみたいだけど… 「わかってるくせしやがって…おめえが居ないとオレがイラついて仕事になんねえのも、食事気にしなくて体調崩すのだってもう何度もだろ?オレの生活からおまえも雅鷹もこの家の家族も、もう切り離せねえんだよ!」 「雅弘さん…」 一瞬嬉しくて、でもここで折れたらまた同じだと踏みとどまる。 「サト、事務所には今まで通り仕事に来い!夜は…事務所が無理ならオレがここに来るから。今迄みたいに、な?」 「駄目、見つかる…」 なっくんが知ってるんだよ?そんなことしてたら… 「ここじゃあんまり可愛がってやれねえけどさ…壁薄いし、普段は雅鷹もいるからな。」 「なっ、だめ…」 不意に伸びてきた腕に絡め取られ、座ったまま覆い被さるように口付けられ、彼らしい強引な舌の動きでわたしを翻弄する。何も言えないように言いくるめて黙らせるようなキス。 「んあっ…ん」 釣り上がった子供みたいな悪戯っぽい目は艶っぽく緩んで、わたしの中から離れていくその尖った舌先は獣の様に自分の唇を舐めて、わたしの身体が堕ちたことを確信するとそのまま畳の上に押し倒してきた。 駄目だ、このままだとまたなし崩し?? 「おめえ、全然わかってねえ…」 「んっっ…」 両手を畳の上に縫いつけられて、のし掛かってきた身体を押しのけることも出来ずにいた。首筋に這う舌の熱さでぞくりと快感を引き出され、益々逆らえなくなっていることを確認した彼は、手首から手を離しゆっくりと身体の稜線を下らせ脇腹を何度も行き来させた。まくれ上がったTシャツの裾から差し入れた手は押さえつけた激しさとは別のようにゆっくりとわたしを懐柔していく。 このままじゃいつもと同じ、受け入れて自ら欲しがってしまう。駄目だと伝えてるのに…知られてしまったと伝えたいのに、それすら言葉に出来ず、当分逢わずにいることを選ぼうとしてもこれだもの。 「オレにはおめえが必要なんだ、あそこにはおめえが居ないと意味がねえんだよ」 意味がない?なんで? 「わかるか?だから…サト、オレから離れるな」 切なげな視線がわたしの心臓に直接訴えてくる。卑怯だよ、ドラマバージョンでもあり得ないほどの甘い囁きなんて… 逆らえなくなったわたしのジーンズと下着を抜き取り、見下ろしたまま自分で舐め濡らした指で突起を掠めた。 「ひっ、んんっ!」 跳ね上がるわたしの腰を満足そうに撫でると、つぷりとわたしの蜜壺に差し入れてゆっくりと壁を擦りあげながら上下させてくる。いつの間にかまくり上げられた胸の先を舌先で弾きながら意地悪く甘噛みされ、頭が真っ白になりそうになる。ゆるゆると濡れた粘液で突起を転がされ膣の内壁が収縮するのが自分でもわかる。 彼がカチャカチャ自分のベルトをはずし、まま取りだした彼の熱いモノを目の前で擦りあげて見せつけてくる。 いやらしい…それを見て欲しがる自分もきっとすごく婬らな顔をしているはず。 「欲しいだろ?」 片手でわたしの秘所を掻き回しながら、その中の反応で欲しがってるとわかるのだろう、満足げに微笑みそしていつもの引き出しに手を伸ばし取り出したソレをわたしに手渡してくる。 欲しければ自分で避妊具を被せろっていうこと?もうとっくにピルは止めてるから、出来てしまっても今はまだその時じゃないことは二人ともよくわかっている。慣れた仕草で装着させると合意なのはもう間違いないから、遠慮なしにわたしの中へ入り込んでくる。 「…んっ、サト…」 わたしの脚を抱え上げて激しく腰を使われれば、瞬く間に身体は快感の虜になってしまう。どう突き上げられても気持ちよくて、いきそうな所で緩められて、意地悪く問いかけられるだけ。 「いいんだろ?離れられないはずだ、オレもおめえも…なのに…くそっ、もう事務所にもこねぇだと?ゆるさねぇ、そんなこと…夏人と一緒に飲みに行くのも、ゆるさねぇ…」 「あんっ、はぁあ…んっんん!!」 返事したくてもまともな声なんてもうでやしない。喘ぐ嬌声だけを漏らしてわたしは揺らされていた。時間を気にせず身体を交え、明け方近くまで何度も何度も求められ、向き合ったままで口を塞がれながら突き上げられたり、あまりに大きな声を出すのでタオルを銜えさせられたまま後ろから貫かれて喜んでいる自分が居る。自分から求めねだると彼は嬉しそうににやりと笑うとそのまま快感を与えてくれるのだ。 「サト…里理っ!」 最後に名前を呼ばれたあと、そのまま気を失うように倒れ込み、もう当分動けそうにないほど重怠い自分の身体。そこに重なる彼の体温が嬉しくて、そのままその腕の中で夢を見ることすら忘れて眠りに落ちていった。 |