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フェイク

〜最終章〜

11.困惑する現状

「寝起き悪いから、あのひと…」
頬染めるような顔して、御園さんは俯くと珈琲を一口啜った。
知ってますよ、そのくらい!!でも……まさか今までもそうやって起こしてたの?それをあのひとは知ってるのだろうか?
知ってるとしたら……わたしには何も言えない。
わたしと彼女、この事務所で今大事なのはどっちって聞かれればすぐにわかる。今この人に抜けられたらこの事務所は動かなくなるだろう。
「黙っていてね。あなたも……夏人くんと、そうなんでしょう??」
「え?」
「彼がそれらしいこと言ってたわよ?だからあなたをここに呼ぶことを薦めたのは僕なんだって、彼」
もう既に根回ししてたわけ?なっくん。わかるけど、どうしてこうなるの??
わたしとなっくんで、御園さんとあのひと。この関係が一番いいっていうの?そんな、ひどいよ……
「今まで疑ってたのよね、あなたと天野さんとの関係……もしかしたらって。仕事上でも長かったみたいだし、わたしが付いたのはあなたが仕事辞めてからだったから。でも、夏人くんとなら、いいじゃない?お似合いで。ああ、でも子供さんいるんだったわね?けれども夏人くんは気にしないって言ってるんでしょ?」
いえあの、お似合いって……かなり歳の差あるんですけど!!気にしないっていうのも全部あのひとを守るためで、わたしがいいんじゃないと思うんだけど。でも、そう思われることであのひとが守れるならそれでもいいって思ってたよ?でも、こんなのイヤだよ?あのひとがあなたを選ぶなら、先にわたしを切ってからにして欲しい。ここに呼ばずにいてくれればよかったんだよ?そうしたら期待なんかせずに、一人雅鷹育てていくんだから。
確かめたい……今すぐあのひとに聞いてみたい。でも、今までこの人がいるときに二人っきりになったことなどほとんど無いから聞き辛い。たぶん今まではそのぐらい警戒されてたんだろう。

「あら、起きてきたわ。」
振り返ると眠そうな顔にシャツの下から手をいれてぼりぼりと身体を掻きながら、事務所にあのひとが入ってきた。
「珈琲じゃなくてみそ汁ある?」
いきなりそれですか??
「昨日の作り置きならありますけど、それでもいいですか?」
「いい、飲まして」
わたしは席を立つと給湯室に戻った。ここからじゃ事務所の様子は見えないから…ああ、もう何話してるか気になる!!
お盆に温めたみそ汁に葱を思いっきりぶち込んで室内に戻ると、さっきまでわたしが座っていた長椅子の方にだらっと腰掛けていた。
御園さんの隣の一人掛けには座らなかったんだ…と、そんな小さな事でほっとしていた。


「じゃあ今日はヘアと衣装お願いね。雑誌の取材が先に入ってるんだけど簡単な撮影があるから。」
この事務所にわたしがいて、彼が身支度を調えるときはコーディネイトとヘアはわたしが担当することがある。付いていくまでもない仕事の時、向こうがヘアメイクを用意してない時などだ。まあ、滅多にないけれども放っておいたらジャージ姿で出掛けかねないので、そんな時だけ声が掛かる。
今二人がいるのは洗面台の前で、大きな鏡があるのはココだけだから、その前ですましてしまうことが多い。
どうしよう……聞きたいけれども、聞いてもし肯定されたらどうしよう?
悩むほども時間はない。取りあえずその前に仕事を済ませて、聞くとしたらそれからだ。

洗面台の大きな鏡使ってヘアブローして、ついでに眉をちょっと整えておく。これは前からわたしがしてたこと。
だってさ、結構接近するでしょ?眉カットするときって。未だにどきどきするんだけどこういうの他の人にさせたくないなって思う。しょっちゅうメイクされてるこのひとは慣れてるだろうけど、やっぱりイヤなものはイヤ。
「なあ、サト。おまえさ…」
「な、なに?」
不意に接近した目の前で唇が動き、あのキツメの目でちらりと見られるだけで思わずドキッとしてしまう。
未だにときめくってどういうことよ?子供までいるのに……
「ん、なんでもねえ。なあ、こっち来いよ」
正面の方がやりやすいので開いた脚の間に入って屈んでいたのだけれど、腕がそっと腰に回され片膝の上に座らされる。
「見られたらどうするの?」
「ここの角度からじゃ見えねえよ。それより珍しいな、怒んねえの」
だってさっきあんなの見ちゃったから。
嫉妬……してるんだろうね、わたし。
聞いて確かめたいけれども、どうやらこの様子じゃ気付いてないのかな?それとも機嫌取りとか??
でもね、マジに聞いて、彼女の方を取るなんて言われたら立ち直れないよね……
あっちが本妻で、愛人になればいいとか言われるかも??
そしたらどうしよう……
わたしがこの人を繋ぎ止められるのは、美味しいご飯とそれからまーくんと、それから……身体だけ?
そりゃね、もともと身体だけの関係でもイイって思ってたし、アイドルを独り占めなんてできないって割り切ってたから、このひとがたまに求めてくれるだけでも幸せなんだって思ってたわよ?でもね、まーくんが生まれて、ほんの少しでも家族みたいにして過ごす時間が増えるごとに欲が出てくるんだもの。
このひとはわたしの、なんだからって。
本当に必要なくなったら、その時は出て行けばいい。そう思ってる……でも、このひとにキスしてイイのも抱きしめられてイイのもわたしだけなんだから!!
「んっ…」
わたしから重ねる唇。
消毒じゃないけど、消してしまいたい…そしてわたしを、わたしだけを求めて欲しいって願って押しつける。
「やっぱり…」
「え、なに?」
僅かに離した唇の先で、あのひとの舌がぺろりとわたしのを舐めた。
「もう一回だ、サト」
「んぁ…っ」
今度は深く重なる唇、容赦なく入り込んでくる舌先は獰猛で吐息も熱くなっていく。膝の上でぴったりと密着した身体。
「やべえ、その気になっちまった。」
そういってわたしの手を掴むと股間に押し当てる。
「やっ、それは…」
やり過ぎだよ?どうするの、そんな時間なんてないのに。
「誘ったおまえが悪い」
むっと子供みたいに拗ねた顔して、それからようやく腕を解いてその手を離してくれる。
わたしは急いで立ち上がると、彼も立ち上がって身支度する。
「けどなあ、ここが駄目ならどこですりゃいいんだ?さっさとマンション帰るか、おめえん家に通うかさせてくれよな。」
独り言みたいな愚痴を吐き出すその姿がおかしくて、やっぱりさっきのキスには気が付いてなかったんだって、思いこもうとした。
だとしたら御園さんのあの態度はおかしくない??
立ち上がってもまた身体をすり寄せてくる彼の、その気の証拠が自分だけだって言ってくれてるみたいで少し嬉しくなる。
「ねえ、したい?」
「ああ、したいな……それと、やっぱまーにもあいてえ。この間泊まったときも結局あいつ寝てて起きなかったんだぜ?ったく久しぶりだったのによぉ」
あはは、お父さんもしてる。そうだよね、家族なんだから……今は信じていよう。
「ゆっくり出来る日が一日でもあればいいのにね?」
「有り難てえことに、スケジュールはたっぷり詰まってるし、夜も夏人と二人だぜ。なにしろってんだよなぁ?」
「あはは、しょうがないね〜」
御園さんと二人よりいいと思って大笑いしてると、不意に低い声で凄まれた。
「サト、おめえ……次二人っきりになった時、覚悟しろや?」
そう脅されても全然イヤじゃない。取られるぐらいなら、この身体で引き留められるんならどうにでもしてって思うもの。
そんな自分の中の女の感情に驚いてしまう。せめてもう少し自分自身や立場や自信が持てればこんな感情持たなくて済むのだろうか?
「へえ、駄目って言わないところを見ると、マジでいいんだ?」
ニヤって笑う彼は、言い返せないわたしを残して洗面所から出て行った。


それからというものの、御園さんのあからさまな態度を見せつけられた。
一応、寝室の鍵は掛けたほうがいいってあのひとに言ったら、その通りにしてくれてるみたいで、朝早く出社したときに外からがちゃがちゃとドアノブを回してる彼女の姿を見かけた。
だけど、そんなのどこ吹く風で話しかけてくる内容が怖かった。
「しばらくデート出来ないわね。夏人くん事務所に泊まり込みのままですものね?」
「は、はあ…」
否定する事も出来ず、頷いて肯定するだけだった。
「でもいいじゃない、普通の人が相手なら。口に出せない関係って辛いものね…」
そんなこと、言われなくても知ってますし、実感しまくってます!!って言いたいけど…
やっぱりおかしいよね?どう見ても普段は普通なのに、時々わたしと二人になると妄想モードになるというか、もしかして本当は御園さんに手出してるんじゃないの?って思いかねない言動の数々。
やっぱり聞いた方がいいかな?御園さんのこと。

聞こうと思ってるのに、あのひとの前ではビジネスライクな態度で隙の一つもない。
忙しいスケジュール調整も、従来の番組の契約更新も、新しい仕事の選択も、あの人無しには決まらないほどの手腕で、さすが女性でギャラクシーのマネージメントを引き受けていただけはあるっていう実績を見せつけてくれた。
「昨日もね、少し時間があったからゆっくり出来たのよ。あの人ったら、わたしに寄りかかって子供みたいな顔して休むんだから」
くすくすと笑うその笑顔に少しだけぞっとした……
だって、昨日は確かに移動時間うたた寝したって聞いてたけれども、いつもなら移動の時助手席に乗るのに、なぜか隣に座るからゆっくり休めなかったって言ってたんだもの。
なっくんからも、後ろに座るとあのひとがゆっくり休めないのに最近そういうコトするからおかしいって言ってた。聞いたら少し調子が悪いから、後ろの方が酔わないって言ったらしいんだけど、反対じゃないの?
だ、大丈夫なんだろうか?それ以上の事はないらしいけど……



「じゃあ、オレプロデューサーのトコ行ってきます。」
「はぁい、いってらっしゃい」
珍しく御園さんに所用があって、スタイリスト込みの仕事だったので、本日は都内のスタジオにて付き添いがわたしとなっくんだった。
「サト…おめえ、何だよあの態度は!」
「ちょっと、声大きい…」
控え室に二人っきりになった途端、いきなり怒鳴り出すのはなぜ?
「なに夏人といちゃついてんだ。」
「いちゃついてなんかいないでしょ?なに言ってのよ、もう……」
さっきリハ中になっくんと話してた事を言ってるの?
「おまえ最近、夏人と妙に仲いいらしいな?」
「ち、違うわよ!」
なっくんは唯一わたしたちの関係を知ってる人だから、色々他で言えないこと言わせて貰ったり、二人して<最近おかしい御園さんの行動>についてレポートをまとめてたりするのよ。一人だとぐるぐるしちゃう内容も、二人だと鮮明に見えてくるのよね。わたしとなっくんに言ってることが少し違ってたり、なっくんとわたしのことを臭わせるような発言も多々あるらしいことも、御園さんのあり得ない惚気もなっくん情報によると何でもないことが何十倍にも誇大妄想されてるときがあったりするから。
「今夜は事務所に来いよ……来なきゃ今ここでスルぞ?」
「ちょ、なに??」
いきなり腰を引き寄せられて、いやらしく撫で回されるヒップ。もう、胸元に顔埋めないでよ!
「あれから一週間、今夜は見張りないから。な、いいだろ?」
たしかになっくんは夜用があるとかだし、御園さんも直帰するって聞いてるけど……
「よくないよ!バレてるっていってんじゃない、もう」
「夏人にだろ?」
「え?それ…」
何で知ってるの??
「わかんだろ、そのくれぇはよ。だからっておまえらが付き合ってる振りするのとか面白くねえ。色々聞かされるこっちの身にもなれってんだ!」
どこで聞いてるんだ、この人は!やっぱり御園さんの情報操作のせいなの??
「おめえは、おれのもんなんだよ。逃げるな…」
その鋭い視線に取り込まれてしまう。
わかってる、逃げられないなんて。でも本当にどうすればいい??
「サト…」
「んっ」
唇を塞がれたその瞬間!
「あわっ!!なっ…」
『何やってんですか!』と、小さな声で囁くようになっくんが急いでドアを閉めて入ってきた。
そういえば鍵、閉めてなかった…ヤバイよね、この場合。
「見て判るだろ?」
「ったく、だから言うんじゃなかった」
はあ?どういうこと??大きなため息つく、なっくん。
「言えば絶対に天野さんオレに見せつけてくると思ったんだ……」
「わりいか?コイツはオレんだからな。おまえの言った条件は呑まねえって言っただろ?」
もしかして、なっくんは前にわたしに言った話を、このひとにしたの??
「なっくん?」
「言ったんですよ。あんまり苛々してオレを事務所から追い出して出掛けようとするから。しばらくは自粛してもらわないと困りますからね。その時に天野さんにサトちゃんとのこと気が付いてるのかって反対に聞かれて……そうですって答えたら、この人なんて言ったと思います?」
そう聞かれても、困る……
「知ってるなら都合いい。目瞑って協力しろ、ですよ?」
「ちょ……そんな」
「おまえのありがたい申し出なんてオレは御免だ。オレはコイツも今の仕事も全部守るんだ。そりゃやり方次第だって言うのも判ってる。今がその時じゃないっていうのもな」
「だったら、天野さん、我慢してくださいよぉ!」
「理由は昨日話したよな?」
「うっ…」
「わかったら外で時間潰してこい。出番が来たらおまえが呼びに来い、いいな?」
すごすごと出て行くなっくん。ちょっと待って、行かないで!!
「さて、どう可愛がってやろうかな?」
止めてそのいやらしい笑い方。どっかのおっさんですか??
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