〜最終章〜
12.熱い抱擁 「ね、ちょっと本気?」 「マジ、おめえ、これ以上溜めさせる気か?」 「だって……」 抵抗しても無駄だと諦めると、手はするすると身体を這い回りはじめる。 「あっ…ん」 「相変わらず敏感だな」 ぺろりと尖った舌先は首筋を舐め、鎖骨へと降りていく。 だめだ、完全にその気だわ……こうなっちゃったこのひとを止める術はわたしにはない。あったらとっくに別れてるだろうし、今みたいな関係でいるはずがない。たぶん、だけど。 「やっ…ん」 シャツの前を開かれて胸の突起を丹念に舌先でいたぶられて、必死で声を我慢するけれども、口に含んで強く吸われると堪らず声が漏れる。 「やっぱキツくされるの、おまえスキだよな?」 意地悪な声で囁きながらも、その手の動きは止まらない。ジーンズの前を開いて手を差し込んでこようとしている。 「おい、腰浮かせろ……弄りにくいだろ」 「だ、だめっ……」 今そっち触られたらもうイヤって言えなくなってしまう。感じてるのバレちゃうし? 控え室でこんな風にされるのには慣れてたんだけど、久しぶりと言えば久しぶり。まず子供産んでからは無かったことだから。 渋々腰を上げると器用に隙間から手を入れて、下着の中に指を埋めてくる。 くちゅっと濡れた音が響いた気がして、一気に恥ずかしさが復活してしまう。 ヤダヤダ、聞かれたらどうしよう?外にはなっくんがいるんだよね?何やろうとしてるか、知ってるんだよね?そう思えば思うほど身体が震えるほど怖くて、なのに感じている自分がいる。 きっとこのひとはわかってやってるんだ。その術中にはまっているのはわたし…… 「もう濡れてんの?はえぇな、サト」 「やっ……ん」 慣らされた身体は、与えられた言葉だけでも反応してしまうんだから……しょうがないでしょ?? 「声出せなくて、辛そうな顔がたまんねぇ」 そう囁いてわたしの顔を覗き込んでくる悪戯っ子の目、でもその奥底は欲望でぎらついてるのがわかる。 あんまり暴走させるとこのひとは怖い…… 覗き込んだまま指を増やして、動きを激しくして反応を楽しんでるのだ。わたしもこんな場所、状況でありながら逃げられないほどその快楽の渦に堕ちていく。情けないけど、駄目だって思えば思うほど身体は敏感に反応するし、中に埋まったその指をキュウキュウと締め付けるほど感じているのだから、自分自身が一番始末に負えない。 「やっ、かき、まわさないで……そこ、だめぇ」 「ここがイイのか?可愛いな、サト……これで子供までいるってんだからな?ほんと久しぶりにイイ顔してくれちゃって」 「あんっ、はぁ…ん」 「なあ、こんだけ濡れてんだから、入れていい?」 擦りあげられて息も絶え絶えなわたしに、あえて返事をさせようって気らしい。身体は今すぐにでも貫いて欲しいけど、ココでってことに羞恥する。イカセテもらってない疼きと、今すぐに欲しい快楽の波に押し流されてしまいそうだった。 「あ……まさ、ひろさん……」 その手をカレの首に回して唇を寄せて求める、キス。絡める舌先、こぼれる唾液、上も下も凄い水音を立てている。 「ん……もう、お願い……」 カレの胸を滑り落ちて、熱く脈打つ股間に手を這わせる。今にも爆発しそうなほど興奮しているのが指先だけでもわかる。 もう、止まらない、二人とも…… 繋がるためにジーンズのボタンに手をかけたその時。 『天野さん!』 なっくんの呼ぶ声とドンドンとドアの叩かれる音が同時に聞こえて、お互いの身体がびくりと震えた。 『御園さんが……来ます』 なっくんの声に慌てて身体を離し衣服を整える。 「ちっ、いいとこで……ったく」 そんなこと言いながら指舐めるのやめてよ!それって、わたしの……だよね? 「今度たっぷり味あわせろよ」 睨みながら言わないで、もう、恥ずかしすぎるでしょ!! メイク道具を持って直してる振りをしてるところに御園さんが入ってきた。後ろでなっくんが手を合わせて頭を下げまくってるのが見える。なのにこのひとったら、滅茶苦茶不機嫌な顔したまま。どうするの?バレちゃうじゃない…… 「どうかしたの?収録はもうすぐでしょ?」 御園さんがカツカツとヒールの音を立ててこちらに近づいてくる。 「ああ、もうスタジオに行くつもりだけど」 「えらく不機嫌な顔してるから、どうしたのかと思って……」 「うたた寝してたとこ、もうすぐだって夏人とサトに起こされたんだ。もうちょっとだったのによ」 もうちょっとって、なにがぁ!?そういう誤魔化し方するのね。 「そう、ならいいんだけど。そうだわ、特番の司会取れたわよ。」 「Fテレ?」 「そうよ。フリーになってる天野さんが一番事務所同士の対立の影響受けないだろうからって、早めに自分の所に引き込んでおきたいみたいよ。」 「へー、そう。まあ、いいじゃん、今はどんな仕事でもやるし?」 真剣な顔で仕事モードになってる……さっきまでアレだったのに。 こう言うところが悔しいのよね。こっちは、収まりつかなくて困ってるのに!! 諦めてメイクボックスをかたづける。今この顔見られるのもちょっと恥ずかしいほど逆上せてると思う。 「あ、水城さん。わたしが来たからもう帰っていいわよ。」 「え?あ……はい。」 不意にそういわれても、はいとしか返事が出来ない。 なんだ……今日は久しぶりに本番やってるあの人が見られるって楽しみにしてたのになぁ…… 「夏人くん、送ってあげて。あとで時間合わせて迎えに来てもらえばいいから。」 「は、はい。」 ちらっとあの人を見てももうこっちは向いていない。スタッフの所に行って真剣な顔で打ち合わせをしていた。 「わかりました。じゃあ、お先です。」 素直に頭を下げてなっくんと二人で控え室をでた。 「夏人、サト、帰るのか?」 「あ、はい。御園さんが居るっていうんで。オレはまた戻ってきます」 「ふーん、そう。サト、今日のこの衣装は?」 「あ、はい。レンタルなので明日戻しに行きます。」 「コレ気に入ったから買い取っといて。ここにちょっと染み付けちゃったしな。落ちる?これ」 襟の側を指さすのでそのまま覗き込んだ。 『今晩、事務所な。逃げるなよ?』 「え?」 『夏人に見張りさせるから、絶対に来い。続きだ』 「あ……落ちにくそうですね。わかりました、買い取っておきます」 「夏人」 今度はなっくんを呼んで何かしら耳打ちしていた。なっくん驚いた顔してる…… たぶん今言ったこと、伝えたんだろうな。ほんとに無茶苦茶言う人だわ。 「わかりました。」 って、なっくん、受けないでよ!! 「サトちゃん、今晩事務所に来るの?」 「わからないわ。無理なコトしたくないし。」 「だよな。あの人無茶言いすぎだよ。」 二人で駐車場に向かった。これから事務所までわたしを送って、なっくんはまたもう一度車でここに戻ってくるらしい。ついでだから軽い食事作ってもたせればいいかな? 「さっきは、ごめんな。その……途中だったんだろ?」 「え?う、ううん……助かったと言えば助かったわ。あの人ストップきかないから」 車に乗り込んで誰にも聴かれないとわかってから話し出す。 「あはは、まあ、まえからそんな感じだったね。今まで控え室で機嫌悪そうにしてる時の理由わかった気がした。反対にめっちゃ機嫌の良い時とか。サトちゃん次第だったんだ?」 「そ、そんなこともないと思うけど……」 「いや、あるね。あの人が感情むき出しにしてる時って、今思えばそうだったんじゃないかなって……でもさ、ちょっとおかしいと思わないかな?」 「な、なにが?」 なっくんの声が、急にからかいの色を消した。 「御園さんだよ。本当ならまだFテレのあと、回るとこあるはずなんだよ」 「う、うん……」 「帰ってくるの早すぎだろ?それに普通、オレたちがあの人についてたら、先に事務所に帰るでしょ」 そう言われてみれば、そうだよね。今日は朝から松野さんが無理して電話番してくれてるはずなんだけれども、あの人は電話応対下手なんだよね。 「でも、早く仕事が決まったこと伝えたかったんじゃないかな。特番の司会、今期はもう無理かもって言ってたじゃない?」 「まあね。でもそんなの電話でもメールでも連絡出来るじゃん?オレさ、遠目で御園さん見つけたから急いで控え室のドア叩いたけれども、あの人関係者に挨拶の一つもせずにまっすぐここに来ようとしてたんだよ。なんかさ、その様子がおかしくてさ。まさか……気付かれてるってことないよね?」 「それは、大丈夫だと思うよ。なっくんの話し鵜呑みにしてるみたいだし」 こちらをチラっと見る彼女の視線は落ち着いている。わたしがなっくんと話してるといつもそうだ。普通に話してるだけなのに安心されても困るけど。その代わりにやたら不機嫌になってる人が約一名いる。 「まあ、オレたちの仲誤解したままでもいいんだけどね。だから、嘘でもオレたちが付き合ってるっぽいことを御園さんに言っといてよかったよ。だってさ、オレがサトちゃんとのこと気付いてるって知っちゃったら、あのひと今日みたいなことまたやりそうでしょ?それこそすぐに気付かれるよ……」 「そ、そうね。気をつけるようにするわ。できるだけ」 自信はない。だって、結局最後までしてないし、たぶん今すっごくイラついてると思うのよね…… 「あの人の暴走止められるんなら、苦労はしないんだけど」 「だ、だよな……ごめん、サトちゃんが一番、その被害って言うか困ってるんだよな?ほんとにもう節操無しって言うか、あの人は」 はあとなっくんがため息つく。よかったよ、今はなっくんが味方だって言う事実がすごく嬉しい。 「ごめんね、なっくんに迷惑かけて」 「それは構わないよ!オレは、ずーっとあのひとにスターで、アイドルでいて欲しいんだ。男が男に惚れるっていうのもなんだけどさ、すげえと思わせたり、オレがついてなくっちゃって思わせたりするんだよね。ほんとあの人ってちょっと危うさもってるのが魅力だと思うんだけど、目が離せないっていうの??安心してみていられるとかじゃなくって『自分がついててなくっちゃ』って思わせてしまうんだよ。オレでさえそうなんだから、たぶん……御園さんも相当きてると思うんだよね。」 確かに、あの人の魅力はそう。 目が離せない、離せなくなるほど惹き付けられるのは、あの強さの裏側に見え隠れする危うさだと思う。それが少年の無邪気さのようにも見え、狂気の断片のようにも思える。 だけど……あのひとがわたしを抱いて眠る時も、雅鷹をあやしてる時も、そんな片鱗はみられない。仕事をする時のテンションあげた時に見られる張りの裏側に見える独特の翳りだ。まあ、えっちしてる時はもろそれは感じるけどね。それに私生活はだらしないし、誰かが構わないとまともに生活していけないと思わせる人だったから…… でも、ほっといてもそれなりにやれる人でもあるのよね。だからしたたかなんだと思う。 それに一番やられてるのがあたし、だよね? 「今思えばさ……あの人、サトちゃんには相当気を許してたんだよね。昔からっていうか、ずっと前からあんなかんじだったから……ってことは、そのくらい前から付き合ってたってこと??」 さすがに声を小さくして耳元で言ってくれたから助かったけど。 「うん、そう……だよ」 「そっかぁ、滅茶苦茶長かったんだ。じゃあ、あの超絶機嫌悪ぃ時代は、サトちゃんが仕事辞めたのが原因だったんだ……なんか納得した。あの人相当サトちゃんに甘えてるよね?そう考えると御園さんの前じゃテンション張ってるって言うか、気許してないんじゃない?」 「そうね……」 確かにそうかもしれない。御園さんが側に来ると、途端に仕事モードだものね。 「だとすると、サトちゃんが言ってた御園さんの話ってやっぱおかしいよな?やっぱ、そのことやっぱあの人に言った方がいいんじゃないか?」 「でも……」 言ったところで、今御園さんをどうこうなんてあの人も考えてないだろう。 必要な人なのだ、事務所にも、あの人にも……だから、きっと黙認してるんだろう。 「言わないならそれでいいけどさ。とりあえず、オレたちで気をつけておこうよ。ま、あの人にこんなこと考えさせてもしょうがないしね。」 「そうだね。」 あのひとには仕事をして欲しい。ただでさえ今は事務所の設立やなんかで似合わない気を使っているのだから。おもいっきり仕事をして欲しい。それはわたしもなっくんも同じ考えだった。 |