HOMEアイドル小説目次フェイクTOP

フェイク

〜最終章〜

14.発覚

「な、なんの事ですか?」
「とぼけるのもいい加減にして!まさかあなたが天野の相手だったなんて……」
「え?」
バ、バレてる?なんで?
「事務所からつけてきたのよ……全部、みてたわ。」
「御園さん、」
うう、どうしよう??うまい言い訳が見つからない。なっくんがいたら上手く切り抜けてくれるかも知れないけど、凄い目して睨み付けてくるこの人に何をどう言い訳していいのかも思いつかない。取りあえずわたしはなっくんの彼女って事になってるし、それで誤魔化せないかなとも考えた。
でも……そんな嘘ついてどうなるんだろう?嘘ついてまで側に居たい訳じゃない。いつかちゃんと隠さなくてもいい関係になれる日を待っていただけなのだから。それが無理なら離れる覚悟はとうに出来てる。
「事務所を出る時も自分で抱え込んで、夏人君に指一本触れさせない様な勢いだったわ。前からおかしいと思ってたのよね……夏人くんと付き合ってるっていってもそんな雰囲気にはみえないし、どっちかっていうと天野と一緒に居る時のあなたの方が女に見えたわ。天野のあなたを見る目だって……最初から違ってた」
やっぱり手伝いに来たのが間違いだった。わかる人にはわかるのかもしれない。特に御園さんはあのひとのことずっと見てたから、気をつけてたつもりでもだめだったんだ。なっくんはこれがわかってたからああやってカレシの振りして誤魔化そうとしてくれてたんだ。
「あなたが事務所に来るまで天野の口からは一度もあなたの名前を聞いたことがなかったわ。わたしがギャラクシーの天野につく前の話しだものね。だけど、他の人からは何度もあなたの名前を聞かされていたのよ?夏人くんからも、『仲がいいスタイリストさんだった』とか、現場のスタッフからも『独立するんならスタイリストの水城さんは呼ばないの?』とかね。急に結婚退職して子供が生まれたから現場復帰は難しいって聞いてたのに、天野に呼ばれたら嬉しそうに出て来るのよね。いかにも自分は彼のことよく知ってますって顔して、どこに行ったって現場の人たちとも顔見知りで……警戒していたけど、夏人くんと付き合ってるっていうから安心してたのに……あなたの相手は天野雅弘だった。違うの?いったいいつからなの?」
「天野さんのスタイリストについてもう6年になります。仕事面でも本当にお世話になりました。その間、微力でもあのひとの仕事を手伝えることが嬉しかったんです」
その間ずっと、自分はあのひとにとって都合のいい相手なだけだと思いこんでいた。だから子供が出来ても身を引こうと思った。自分はあのひとに相応しい相手だとは思えなくて……だけどあのひとはわたしを選んでくれた。身体中心と思えないこともないけど、籍もまだだけど、でも離れて以来愛されてる実感だけはいつもこうやって感じることが出来る。ただ、あのひとの芸能生活だけは邪魔したくないから、だからなんとかこの場をしのぎたいと思っている。
「でも、いまのあのひとの仕事を支えていけるのは御園さん、あなたです。」
このひとはあのひとが独立してやっていくのに必要な人だ。わたしじゃない……Fテレの特番も、年末のドラマも全部、この人の力無くしては取れなかっただろう。独立したばかりの個人事務所に力はない。あるのは天野雅弘のネームバリューとこの人のマネージメント手腕だ。事務所設立の手続きも、継続の仕事も、新しい仕事もこの人がきちんと管理してくれているからあのひとが自由に動けるのだ。だからあのひとはこの人を仕事のパートナーとして選んだんだ。その信頼を今ここで崩壊させてはいけないと思う。事務所のためにも、あのひとのためにも……
「事務所は辞めます。わたしはパートですから……」
「天野との関係を認めないってわけ?そう、そのつもりならいいわ。でもね、わたしはマネージャーとしてあなたの存在を許すわけにはいかないわ。」
「はい、わかっています」
「これから天野のお世話はこちらでします。彼に不自由な思いはわたしがさせませんから。どうせ天野の性欲処理係だったんでしょう?ご苦労様。子持ちの女ならそのあたりさばけてるしうるさく言わないからちょうどよかったんじゃない?でももういいわ!はっきり言って、誰の子かわからない子を産んだようなあなたは天野の周りにいてほしくないのよ、!!」
「……」
わたしは……あのひとを愛して、雅鷹を産んだのよ?性欲処理なんかじゃないことも今はちゃんとわかってる。だけど、今そのことを言えばあのひとの独立が、事務所がむちゃくちゃになってしまう。
「天野とはきっぱり別れてもらいます。ああ、お金が必要よね?今まで彼からいくらもらってたの?女一人で子供育てていくのに、いくらあっても困らないでしょ?そのぐらい用意出来るわ。女性関係の処理も事務所の、マネージャーの仕事ですから。いくら欲しいの?」
「そんな、お金なんていりません!!わたしはあのひとのこと、本当に」
「好きだとでも言うの?天野のことを?やめて頂戴、汚らわしい!誰にでも脚を開くような淫売女が!!」
ひどい……そんな言い方!わたしはあのひとのことが好きで、それだけなのに……

「娘をそんな風に言うのは止めてもらえんかな?」
実家の玄関の外灯が灯り、がらりと戸が開いたかと思うと親父さんの声が聞こえた。暗闇の中に、背の高い親父さんの姿が外灯を背に浮かび上がる。表情はちゃんと見えないけれどもかなりのご立腹の声音。明るい戸口には雅鷹を抱いた真美子さんが立っていてた。雅鷹のぐずった顔、そっか……夜泣きしてあやしてるとこにわたしが帰ってきたんだ。御園さんの声は大きかったし、十分家の中まで聞こえてたんだ。
「な、なによ、あなた!」
御園さんの声が微かに上擦った。
「里理の父です。あなたは……事務所の方かな?」
「親父さん、いいから家の中にいて!」
「うるさい!娘が淫売呼ばわりされて黙っていられるか!!」
「親父さん……」
必死で止めたけれども親父さんは引いてくれそうにない。
「ここまで言われてなんで黙っていなくちゃいけないんだ?それは雅弘くんの指示なのか?だったらわたしは許さんぞ!もう二度と、彼にこの家の敷居を跨がす事も、雅鷹の顔を見ることも許さん!」
あちゃ…親父さん、何言い出すのよ!!微妙にばらしちゃってるわよ!!

「それは困りますよ、親父さん」
背後の暗闇からまた別の声……少し掠れて低すぎないその聞き慣れた声。
「雅弘くん!?」
角の塀から姿を見せたのはあのひとだった。大声をだしかけた親父さんに頭を下げて、叫びそうになるわたしと御園さんの方へ向き直るとそっと指を唇の前に立てた。
「夜中回ってるから、悪いけど中で話させてもらっていいっすか?」
落ち着いた声で親父さんにそう了解を取ると、真っ先に雅鷹の方へ歩いていった。
「まー、久しぶりに起きてんな。目開けてるおまえみんの久々だぜ?」
真美子さんから雅鷹を受け取ると、ひょいっと抱きかかえて愛おしそうにその頬にキスした。
「きゃっ、あー、ぱー」
「お、ぱーって言えるようになったか?」
そんなとこで親ばかしてないで!それどころじゃないでしょ??
「とにかく中に……君も入りなさい」
親父さんがらしく仕切って家の中に皆を招き入れる。深夜を回ったこの住宅街で声は響くから、さっさと家の中に収まった方が得策だ。
「うわぁ、天野さんそっくりぃ!はじめて見るけど一目でわかりますね?」
「なっくん?」
車のキーをちゃりんと回して『オレもはいっていいっすか』と断ってさっさとあがり込む。素早いわ、ほんとに。車をどこかに停めてきたってことは、あれからどこかで様子見てたってこと?帰ったんじゃなかったのね??
「嘘よ……」
御園さんは身動き出来ないまま、玄関先であのひとにきゃっきゃとあやされる雅鷹を虚ろな目で見つめていた。
あのひとのことを知っていて、そうと思って見れば一目でわかる。きつい二重の釣り目、むっとしたような口元、整った鼻筋……雅鷹は本当に父親によく似ている。まだ正式に会ってはいないけれども、彼の母親が雅鷹の写真を見て間違いないと太鼓判を押したほど、幼い頃のあのひとにもよく似ているのだ。
「とにかくはいって貰えるかな?説明するから」
のろのろと動き出した彼女のあとを追い、御園さんが家の中に入ったのを確認してから玄関の引き戸を閉めて鍵をかけた。


実家で一番広い和室で皆がそれぞれ押し黙って座っていた。洋間のソファセットは精々4人掛けだからこちらの部屋の方が広いのは間違いない。
わたしはうつらうつらし始めた雅鷹を抱いていたし、その隣でいつもより真剣な顔のあの人が座っている。さらにその横には怒り心頭を通り越して不機嫌さで眉を寄せてる親父さん、なっくんは所在なさげに隅の方に座っている。御園さんは姿勢も崩さず背筋を伸ばしたままこちらをじっと見ていた。真美子さんが気を使って珈琲を入れてきたけれども誰もカップに口を付けようとしない。いや、一人なっくんだけが所在なさげにキョロキョロしながらカップを抱え込んで啜っている。
「マネージャー、見ての通りこの子はオレの子供で、コイツはその母親。遊びでも何でもない、ただ事務所の方針で今まで籍も入れられなかっただけ」
「嘘よ!わたしは……聞いてないわ!!」
「まあな、事務所もこいつのことそこまで把握してなかったと思う。付き合ってるのとかはバレてたけど、こいつが俺に気を使って、子供産む前に姿くらましちまったから子供産んだことも知らないんじゃないかな?他のスキャンダルやらで、てんやわんやだったし、オレそこんとこ上手くやってたつもりだし?」
たしかに、事務所の解散前はストームや他のスキャンダルで持ちきりだったし、何よりもそれどころじゃなくなっちゃってただろうから。
「どこの事務所にも入らず独立したのも、コイツのことがあったからだ。大きな事務所ほど守っては貰えるけれども、その分またこいつを待たすことが無いようにって考えたから。俺はこれからもタレントとしてやっていく。だけど、もうこいつらのこと隠すつもりはねえよ。夏人にはバレてたみたいだし、濱野さんにはちゃんと言ってあるよ。それ込みでうちに来て貰ってるから。マネージャーにはなかなか言えなかったのは一番一緒に仕事した期間が短かったから、里理のことを知らないまま言い出しにくかったんだ。だから事務所にコイツを呼んでコイツのことを知ってもらってから話すつもりだったんだ。」
「そんな……あなたは、事務所設立に私が必要だと、一緒にやろうって……」
「ああ、俺のJ&M在籍時のスケジュールから仕事内容まで把握してたのはマネージャーだったろう?あんたにはそれを継続させる力も、引き続き俺を思ったままの仕事に就かせることが出来る力を持っていたのもあんただ。だからあんたの力が必要だったから頭を下げて頼んだんだ。一緒に新しい事務所を作るのを手伝って欲しいと」
「私は……」
その先に言葉はなかった。この人のことだから思わせぶりな言葉を言ったかも知れない。わかっててそれが出来る人だから。自分を知っていて周りを、女性を振り回すことが出来る人。果ては濱野さんさんみたいな男性でも自分に尽くさせるのだから始末に負えない。だからこそスターだからこそアイドルとして未だに輝き続けることが出来る人。
「できればこれからもマネージャーとして事務所を支えていって欲しい。里理はもう事務所にはこさせない。その代わりにマンションに来させるから。いつもで実家に居させたら親父さんに申し訳ない」
「イヤ、それは構わんのだよ。まーくんは可愛いわたしの孫なんだからね。急に居なくなったら寂しいし、なぁ?」
振り返って妻の真美子さんに同意を求めてる。確かに親父さんは凄く雅鷹を可愛がってくれている。だからこのひとはこの家に居る時は遠慮して、二人だけの時に雅鷹を猫可愛がりしたりするんだから。
「俺が仕事で帰れない時はここにまたお世話になりますよ。そんときはお願いします。入籍の方もすぐに出来るようにしたいと思ってます」
「まって、そんな勝手なこと!!」
「出来るよな?今度の役……それとアノ噂が確かなら、その時を俺は狙うつもりだ。」
え?なんのこと??
「でも、一緒に暮らすなんて……」
「そう簡単にはバレないさ。こいつは6年もの間俺のマンションに通ってて、一度もすっぱ抜かれてないんだからな。おまけに子供連れてる女をフォーカスするヤツもいねーだろ?まあ、しばらくは隠し子騒動とかになるかもだけど、俺は里理と息子を守るつもりだ。そのことでタレント生命が危うくなるならそれまで、これからは堂々とやっていきたいからな」
にっと笑うその姿は、今までで一番頼もしい姿だった。
 back next

HOMEアイドル小説目次フェイクTOP