step10

佐山は、怪我のことを公にはしなかった。
そして風間家の顧問弁護士の座を降りて、真央との婚約も無かったことにして去っていった。弁護士の資格を剥奪するには、一連の説明が必要だったがために、剛史も真央もそれを望まなかった。後任には榊弁護士の知り合いの弁護士が当たることになっている。
もっともその前に、真央はすべての株式の権利を拒否しようとした。義理の母、冴子とも榊弁護士を挟んで何度か話し合い、株式は3人の子ども達で均等に配分することとなった。
もちろん真央はそれすらも拒否したが、冴子が譲らなかったと言う。それがせめてもの冴子の謝罪だったのか、それは、聞いていないので判らないが。
結果、真央に残されたのは、あのマンションと、株式の1/3と、相続税を支払ったあとに残された財産だった。これからも生活して行くには不自由しないほどの額面だったがそれすらも、『いらないのにねぇ?』と真央が呟いた。

「だってあたしには剛史くんがいるもの。このマンションがあればそれだけでよかったのに...」
そう言って微笑みながらヴァイオリンを弾く真央。
その傍らで疲れた身体を休める剛史...
真央がこのマンションで一人暮らしをはじめなければ出会ってなかった二人が今また寄り添うように時を奏でていた。
あれから、またしばらくはスニーカーズのコンサートツアーが続き、やっと昨夜自宅に帰って来れた剛史は、早速真央の部屋にやって来てくつろいでいる。
実は、昨夜思わぬ来客があった。
「一度おうときたかったんや。剛史も腹くくってたみたいやからな。」
そう言って相方の晃一が珍しく部屋までついてきた。
お互い寮を出て、一人暮らしを始めてからは、お互いの部屋を行き来するなんて稀になってしまい、剛史もまだ晃一の部屋を訪れたことがないままだ。
「は、はじめまして。風間真央です。」
真央は、『わ〜ビデオに映ってたもう一人の人だ〜』とかいって感激してたけれども、どうも、芸能人に対する畏怖感とか、全くないようで、それが新鮮な晃一も自然にうち解けていた。
「ええ子やな...おまえにぴったりやわ。」
今回のことは、かいつまんで言ってあるが、晃一は知らん振りで真央に接してくれたことが剛史には嬉しかった。
「けど、隣同士はええなぁ。ばれる確率低いし...けど、まあ、気ぃつけえよ?」
味方にすれば心強いファンも、記者達も、一旦敵に回すとタレントの生命などあっという間に終わってしまう。既に後輩グループ<ストーム>がデビューして後ろを追いかけてきているし、J&Mの秘蔵っ子貴沢秀俊と河合誓也がヒデ&セイヤとして11月にデビューしたばかりだ。スニーカーに引き続くデュオで、当分は貴沢の一人人気でバラ売りが多いかもしれないが、すぐ後ろに迫って来そうな勢いの昇り人気だった。真央のことが公になることは、しばらくは避けた方がいいというのが、晃一、榊弁護士、福井悠子、そして、唯一真央の存在を知る事務所側の人間、副社長真咲しずく、すべての意見であった。


「なあ、この壁ぶち抜いてしまわん?」
真央の部屋の壁に持たれた剛史はぼそりと呻くようにしてその壁を叩いて言った。
お互いの部屋を阻むマンションの壁。防音効果が取ってあるだけあって、分厚いのは間違いないだろう。
「えーっ?そんなことしたら怒られるでしょう?」
ヴァイオリンの調弦をしていた手を休めて剛史の方に向いて首をかしげる。その肩越しに窓から入り込む午後の日差しが眩しかった。
「俺らが持ち主やから大丈夫やろけど...まあ、構造上無理があるかなぁ?」
コンコンと叩いてため息をつく。
話し合った結果、剛史の部屋に女の存在を置くわけにも行かず、剛史が真央の部屋に通うといった最初のパターンに落ち着きそうなのだ。

未だに真央と剛史は身体を繋げていない。

一番最初のは、真央の記憶があやふやなのでカウントしないことになっている。
昨夜も、晃一が帰った後、うとうと眠ってしまった真央をそのままベッドに運び、抱きしめるだけで我慢した剛史だったのだ。
(慣れたいうたら慣れたけど...あの時は、真央もごっつうやる気に見えてんけどなぁ...)
男と女では欲求度も違うだろう。ましてや、真央は経験があると言っても、心の傷を考えるとかえってマイナスだし、身体も思考も、まだまだ子どものように純粋で幼い気がする。
さすがに昨日のコンサートのあとだったので、疲れてぐっすり眠れたが、普段だったらそう簡単に眠れなかっただろう。そんな男の事情なんて真央にわかるはずもない。それほど無邪気な寝顔なのだ。
たが、今日は久しぶりのオフで朝から真央とゆったりした時間を過ごせている。
「まーお、こっちこうへん?」
ソファに持たれた剛史は愛しい人の名を呼ぶ。ラフな長袖のTシャツと膝の破れたビンテージ物のジーンズの彼は片膝を立てて、物憂げに彼女の方を見ている。
真央はその姿に一瞬、ドキリとしてしまう。
アイドルという肩書きを持つことを知っても、真央の中の剛史は普通の人だった。少年のようなピュアなはにかんだ微笑みも、ちょっと照れたように彼女を引き寄せる時の真剣な顔も、それは以前から知ってる剛史でしかなかった。
けれども、今となって判る。どんな一時のポーズでも、瞬間的に彼女をどきりとさせるそれは、確かにアイドルというスターの持つ彼に備わった独特の雰囲気、真央の知る中でそれを持っているのは昨日訪れたもう一人のアイドル、スニーカーズの片割れの晃一だった。
並んでいるのをみて真央は不思議と納得したのだ。二人の存在の特別さを...
「どないしたん?急にそんな顔見せて...」
剛史の隣というよりも脚の間に座らされた真央は、いきなりときめいてしまった自分に焦る。剛史の目もわずかに細められ、一瞬にして艶を含んだ物に変わる。それがまた真央をドギマギさせてしまうのだからしょうがない。
「そないな顔せんとって...その気になってしまうやろ?まだ昼間やから、俺かて我慢してるのに...」
短めの真央の髪を掻き上げて耳にかける。愛おしそうに彼女の髪に、キスしたあと、すっと耳の後ろにキスをした。
びくりと、真央の身体が震えた。
剛史は嫌がってないのを確かめながら、その首筋にもキスを落とす。
「ふぅん...」
甘い声が少し漏れる。
「真央...ええかな?この間の約束、今果たしても...」
真央が、今度こそ剛史の物になるという約束。
不安はまだある。もしまた同じことが起こったらと...
それでも剛史は構わないと思っていた。ゆっくりと、何度でも、抱くだけだと。
何度でも、愛してるを繰り返し、何度でも愛撫を与え、何度でも昇り詰めさせて...何度でも同じ朝を迎えるだけだと。
抱かれたことは忘れても、もう真央が自分のことを忘れてしまうことはない。
真央が誰を愛していて、誰に愛されているかはよく知っているはずなのだ。
そんな希薄な関係ではない。
透明でもろいガラスから強靱なグラスファイバーに生まれ変わったのだから。


頷く真央の身体を抱きしめる。
唇をあわせて歯列を割り、舌を絡める。彼女の口中をゆっくりと味わって、息の上がった真央をソファに押し倒す。それだけで可愛く喘いでくれる。
嫌がらないどころか、その手をすっと伸ばして剛史の首にかけた。それが嬉しくて剛史は溜まらなくなる。
「真央っ...」
怖がらせないようにと、優しくその身体に触れようとゆっくりと思うのに、身体が焦って暴走しそうになる。
欲しくて、欲しくて、駆け出しそうになる身体の衝動を抑え込もうとして息苦しくなる。
「いいよ...剛史くんの好きにしても。」
微笑む彼女に、深呼吸して微笑み返す。
(焦ってどうする?真央に無理させたらあかんのや...)
「真央も感じたこと、口にしてくれるか?無理せんでいいから、怖くなったら怖いって、痛かったらイタイ、気持ちよかったら...イイって、そう、言ってくれる?」
「うん、わかったよ。」
真央の薄手の前あきのカットソーの上から腰と脇腹を撫で上げる。ゆっくりと胸を下から軽く触れて手に包み込む。すっぽりと収まってしまう小さな胸。ゆっくりと手を動かしていると下着の下の胸の蕾が尖りはじめたのが判った。
「んっ...」
首筋から胸元にずらしながら、カットソーのボタンを外していく。現れた下着をも引き上げて、胸を露わにして、ゆっくりその胸の輪郭と柔らかさを堪能してから、赤い蕾をつまみ上げた。
「あっ...ん」
どう聞いても気持ちの良さそうな声に動きが加速する。左の胸を摘んだまま右の胸の先を口に含み、舌で転がすように舐めては甘噛みすると真央の腰が跳ねる。前回もその前も、こうされると弱いのを知ってたので、焦らすようにゆっくり何度もそれを繰り返す。それだけでイッたあとのようにぐったりとしてしまった。
ベッドに移って、真央からすべての衣類をはぎ取った頃には、彼女の白い肌はピンクに染まって、息も絶え絶えで苦しそうに喘ぐのをやめられなかった。
胸の愛撫だけですっかり濡らしていた真央は、それを剛史に指摘されて一瞬泣きそうになった。
「何で?俺、めっちゃ嬉しいのに...」
「だってぇ...」
「隠してもあかんよ、真央の弱いとこもう判ってるんやからな?」
指と舌で愛撫を繰り返され、とろけさせられて、霞のかかった頭は、無意識に剛史を求めた。
昇り詰める前にその手を止められて、彼女の身体は震えるようにして剛史を求めた。
「剛史くん...剛史くんっ...っああ...」
真央も限界だったかもしれないが、自分も限界だった。
剛史は肩で息をしながら、正方形のフィルムをサイドボードから取り出すと口にくわえて片手で開けると、いきりたった自分に装着すると真央を思いっきり抱きしめた。
「真央、好きや..真央の中に入らして...」
真央の緩んだ脚を大きく広げて自分自身を押しつける。
「剛史くん...来て...」
真央は目を瞑らない。剛史だけを見ている。
「真央...愛しとるよ...」
ゆっくりと、真央の中に潜り込む。全部を納めてしまっても動けない。動かずに、その暖かさと締め付けに一瞬にして快感が暴発しそうになるのを堪えるしかなかった。真央も身体を震わせながらも、それが恐怖からでないことは彼女の表情から読み取れる。
「剛史くん...なんか...いい...」
「ほんま?真央...」
「うん、剛史くんが、判るよ...これって、すごく...気持ちイイ...」
「ああ...俺もな、めっちゃ気持ちええよ...真央の中も気持ちええっていっとるのがわかる...なあ、もう、動いても、ええか?」
「うん...ああっ...んっ」
真央が頷くと同時に引き抜き、そしてまた押し込んだ。
「はぁっ...っ!」
剛史の口から声が漏れる。
確実に前の真央とは違っていた。剛史の言葉にも、動きにも敏感に反応しているのが締め付けで判る。
「真央、真央...」
何度も名を呼んで、腰の律動が早まりそうになるのを押さえて、何度も何度もゆっくりと柔らかな真央の中を擦り上げていく。その度に眉を寄せて溜まらない表情を剛史に見せつける。正直言って腰が止まらないのが現実。真央の可愛らしい声と、感じて艶っぽく逆上せた表情が余計に煽っているから。
「ぁ...ん...あんっ..イイのぉ...剛史くん、やぁ...おかしくなっちゃう..」
イケそうでイケないのだろう。真央はまだ今日はイってない...
「イキたいんか?ほな、一緒にいこうな?」
剛史はそう言うと腰の速度を上げながら自分たちが繋がってる上にある小さな核を器用に剥くと強めに押しつぶした。
「ひゃっんっだめ、だめっ、ソレ、だめ...いっ、いっちゃうっ...」
ああぁと長い悲鳴のような声を上げて真央が背中を反らし、身体を震わせて続けざまに達した。その瞬間剛史自身を締め付けられ、剛史も我慢しきれるはずもなく、そのまますべてを放出していた。


「真央...?」
繋がったまま、不安げに彼女の名を呼ぶ。
ぐったりと目を閉じてしまった彼女が心配で何度も何度も...
「つ、よしくん...」
やっと目を開いて自分を見つめて微笑んでくれた瞬間、剛史はようやくほっと息をついた。
「真央...大丈夫か?」
いたわるようにそっと髪をなでつける。
「うん...平気だよ...ちゃんと覚えてるから...忘れたりしないから...」
くたりと、全身の力を抜いて再び目を閉じた彼女の瞼にキスをするとそっと身体を離して後始末をすませるとすぐさまその隣に滑り込み、真央を引き寄せて優しく抱きしめた。
「あのね...少しだけね、怖くなって、目を閉じたかったんだけど、剛史くんをじっと見てたらね、すごく真剣な顔であたしを見てたの...」
剛史は彼女の髪を撫でながら黙って聞いていた。
「その顔がね、スゴく可愛くて...」
(可愛い?って...)
そう言われることには20代半ばではすでに拒絶感を持ち始めていた剛史は反論したくなるのをぐっと押さえて聞いていた。
「それ見てたらね...あたしだけがされてるんじゃなくて、あたしもちゃんと剛史くんのこと、その...えっちにしてたんだなぁって思えたの。」
「そうやで、俺、最後は真央にイカされたもん。」
「えっ?そうなの?」
ああと頷きながらおしゃべりな唇にキスを落とす。
「今度はもうちょっと我慢して、頑張るからな、覚悟しいや?」
「今度?...あっ...」
押しつけられた剛史の下半身の熱さで判ったようだった。
「まだ今日は日も沈んでへん。悪いけど一回では収まりそうにないんや...真央がいややったら諦めるけど、もう大丈夫って言うの、もう一回確認しよ?今度は...もう、手加減せんけど...」
「えっ?だって...剛史くん?」
「明日の朝まで、忘れられんように頑張るから...明日、ちゃんと先生に報告するんやで?」
「まって...あの、す、少し休ませて...あっ...んっ」



翌朝、シーツの中で安心しきった表情でまどろむ二人は、目が覚めてもまた再び抱き合った。

もう壊れたりしない。
ガラス細工ではない。
これから、どんな苦境にだってしなやかに対応していける。
本当の意味で二人一緒に寄り添える日まで
どんなことがあっても、二人で...
グラスファイバー並みの強さで乗り越えていける。
きっと...

−END−