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My Prince Your Princess 〜普段着の王子様〜

あ、来た来た、あたしの王子様...

「おはようございまーす」
眠そうな、少し掠れた声がいつもより男っぽい
J&M伝統のミュージカルの舞台稽古の楽屋入り口で朝の挨拶。
澤井晃一、今や押しも押されぬ実力派アイドルデュオ<スニーカーズ>の片割れ。

あたしの王子様は、長めの前髪柔らかな金茶の肩まで伸ばした髪型がトレードマーク。少年の爽やかさを残す甘いマスクには、その髪型が一番似合ってる。華奢な腰に長い手足、だけどそんなに高くない身長は本人も気にしてるらしい。関西出身らしく普段からドラマ以外では関西弁だけど、歌わせると見た目より少し低くて意外と甘い声。
「おっはようございまーす!おっ、晃一くん今日もその恰好?」
「うん、これがいっちゃん楽やからー」
来てるのは着古した学校指定ジャージのようなシロモノ。
おいおい、仮にもアイドルでしょう?いいのかなぁ、そんな恰好しちゃって。
「あっかんやん、憧れの王子様がそんな恰好してたら。そんなん見たらファンが減るで?」
普段からバリバリ関西弁なので、あたしとしてもすごく話しやすい。結構人見知りしたりするし、特に女性なんかは苦手らしいんだけどあたしは意外と平気らしくって話しかけて貰えてる方。特に今日は珍しく周りに事務所の取り巻きが居ないから、余計に気楽かな。
「大丈夫や、今日はマネージャーの車で来て、稽古場まで誰にも会うてへん。」
「そっか?ならええけど、J&Mの子らって、みんな身綺麗いにしてるやん?せやのに、この舞台でTOPとってるあんたがその恰好しとったらあかんやん。」
「あはは、そっかな?まあ、かまへんやん。」
にっこしと笑う寝ぼけた顔が可愛いんだよなぁ。きっと昨日もくたくたになるまで仕事して騒いで、寝不足だろうに。
あたしは見た目だけで十分癒されるって言うか、目の保養。本日のエナジー充填OKになってしまう。

彼はアイドルだ。
数年前のアイドルに比べれば、今やアイドルの地位は向上しつつあるのかも知れない。もっとも実力あればこそだ。J&M率いるアイドルがでなければ視聴率が稼げないバラエティ、ドラマがどれほどあるか。自分たちの番組を持ち、内容に干渉出来るのはTOPクラスのみだろうけれども、彼は数年前から相方の澤井剛史と共に楽曲を作ったり、積極的な音楽活動を続けている。その一環で、美波涼二から引き継いだJ&Mのミュージカル部門は今、晃一を中心に更なる発展を見せている。
今回のJ&M主催のミュージカル「MyPrince〜翡翠の森」は、正統派・王子澤井晃一を座長とするJ&M選りすぐりのダンス集団をバックに、実力派舞台人をゲストに向かえ、オリジナルの脚本にハリウッドの演出を加えJ&M専売特許の空中演舞をプラスしたスペクタクルな舞台だ。
座長である彼にアイドルにありがちな仕事に対する甘えは少ない。仕事は仕事で見事にこなしてくる。台詞も振り付けも歌も、だめ出しされた部分はきっちり翌日にはクリアさせてくるんだから誰も文句の付けようがない。
毎日のキツイ稽古に見事に応えて、年端もいかない後輩達にプロ根性をまざまざと見せつけている。こんな現場を幼いときから見せつけてるんだから、J&Mの層が厚いのもうなずける。

「あれ、ナツキさんは今日は珍しくスカートやね。」
楽屋に入ろうとするあたしの姿を見て、気がついてくれたことに内心では飛び上がるほど嬉しい癖に、平常心を保って振り返る。
スカートは確かに珍しい。キャラ的にも少年っぽい恰好が多いし、普段はジーンズしか持ってないほど、スカートに縁のない生活をしている。
「うん、さっきの収録がこの恰好やってん。練習に間に合わんかったらあかんから、急いで着替えんとそのまま来てしもてんけど、似合わんやろ〜〜〜?あたしが着たら女装してるみたいやもんなぁ。あはは...」
自分で自虐ギャグを飛ばして笑いを誘う。それが真実だから。
「おかしない、よう似合とるよ。」
ドキっとするような台詞もニッコリ笑って言ってくれちゃってさ。うう、思わずその喜びが顔に出そうだったわ...
でもその当たりの演技は年季はいってます。アイドル相手にお笑い芸人風情がときめいていちゃ笑い話にも成らないから。

そう、あたしはお笑い芸人森沢ナツキ。お笑い劇団の劇団員でありながら、プロダクションにも所属するバラエティとドラマもこなすタレント。役者と言いたいところだけど、うちの劇団はみんな芸人で通している。爆笑本舗って女性中心のお笑い芸人集団の劇団で、座長をはじめTOP3のねえさんたちはバラエティに欠かせない、押しも押されぬお笑い女性芸人衆。
あたしはハスキーな声と少年ぽい体つきが売りモノ。がりがりで色気のないあたしは普段からジーンズにTシャツと言った、男みたいな恰好が多いのに、珍しくスカートなんか履いちゃって。さっきの劇団の先輩方と番組の収録の時に遊ばれてこんな恰好させられたんだけど。まあ、どう見ても女装したオカマちゃんって感じ。急いでる振りして、そのままこの服を着てドキドキしながら、ここに来たのはやっぱり可愛く見られたい女心ってヤツ。王子にひと目見せたかった女心...

だけど女になっちゃいけない。
色気だしたら即この仕事切られちゃう。J&Mって事務所はそういうとこだって聞いてる。J&Mに所属するタレント、アイドルに手を出そうものならコチラが潰されかねない。向こうが自分の所のタレントをださないと言えばコチラが干されるのだから。
アイドルの貞操は守る、スキャンダルは御法度。だから女優陣も事務所が怖くて、決して過剰なアプローチはしてこない。


「姉上、本気なのですか?敵国に嫁ぐなどと...そんな真似させられません!私は、私は姉上を、」
「その先を言ってはなりません。」
「姉上...」
「ジュリアス、貴方は王としての使命を果たすのです。私のことを心配してはなりません。出来ることなら、あのままずっとあの森を二人手を繋いだまま彷徨いたかった。けれどもそれは今となっては叶わぬ願い。」
「姉上、私も、姉上と共に、あの翡翠の森で共に朽ち果てても構いはしなかった...その気持ちは今も同じです。」
目の前のスペースで舞台稽古が始まっている。
読み合わせはもう終わり、たち稽古に入っているので、それぞれの立ち位置で熱演する。
やっぱり王子はかっこいいなぁ。
姉役の実力派で美人の花園三咲演ずるエリザベートと、弟王子の禁断の恋のシーンが目の前で繰り広げられている。今回の演目は中世を思わせる舞台を中心にしたファンタジー。出てくるのは王子様にお姫様、そして若い騎士たち。
後出番待ちで控えてるのが、歌姫マリア役の元宝塚出身の人気女優、そして歌手でもある松永瞳、最近は舞台で歌の実力を発揮してるらしい。王子の従兄弟のノーマンにSAMURAI6の千原康彦、敵国の王役に岡村準、父王役に個性派俳優の竹井猶治に、そしてあたし、お笑い担当の森沢ナツキ。あとは、将来を有望視されているデビュー予備軍のJam’sキッズの面々。何人か、あたしでもブラウン管で見たことのある子達が混じってる。
「ジーナ、すまない。姉を頼む。」
「ジュリアス様、このジーナにどーんと任せてんかー。ごほっごほっ。」
思いっきり胸を叩いて咳き込む。これはマジで...
「ほ、本当に大丈夫か?おまえを見てると緊張感が無くなるのだが?」
「エリザベート様の為やったらたとえ火のなか水の中ですわ。」
「もし、姉上に何かあれば、すぐさま共に城を抜け出すのだ。いいな?」
あたしの役は姉姫に付き従う王子の乳兄妹のジーナ役。絡みは少なくてココと、あとはラスト近くだけ。
ストーリーは、姉を真剣に愛した王子は、母国の平和の為に、父の命令で姉を隣国の王に嫁がせる為の旅にでる。途中迷いの森として有名な翡翠の森に二人して入り込んでしまった。この森に迷い込んで帰ってこなかった二人は天で結ばれるという伝説があった。だが付き人達に見つけられてしまう。
無事に隣国に着いた王子と姉姫は別れを惜しむが、どうすることも出来ない王子は涙を堪えて自国に戻る。姉の頼りになるのは侍女のジーナと従兄弟のノーマン。国に戻る途中、同じく翡翠の森で歌姫マリアに出会い、その歌声に縋り、国に連れ帰った。しかし、マリアとの仲も父に引き裂かれ、失意のどん底の王子の身に戦火が降り注ぐ。姉を手にしておきながら隣国の王が戦いを仕掛けてきたのだ。姉の救出を謀る王子だったが、姉は子供を残して王の手にかかってしまう。ノーマンとジーナの手引きで敵国に乗り込み王を倒し残された子供の命を取るべきか悩むが、幼い命を奪おうとする父と対峙し、その命を奪ってしまう。再びマリアが現れ、王子を翡翠の森に誘うが拒否され、幼い姉の子を連れ去ろうとする。マリアは翡翠の森に住む森の主で、以前に迷い込んだ王子を探しに来ていたのだという。悩んだ末、幼い子をジーナとノーマンに託しジュリアスは森に入る。そしてマリアとの愛を選ぶという、お伽噺に似た話を、情緒たっぷり演出し、王子とJ&Mの魅力を思う存分表現出来る構成になっていた。

「お疲れさまです。今日のナツキさんのツッコミ最高やったね。」
同じく大阪出身のSAMURAI6の岡村くんが気軽に声をかけてくる。舞台が始まって毎日大変だけど、ホンマに美味しい職場だわ。女優さん達にはおそれおおくて声もかけられなくても、あたしには気軽にかけれるのね?まあ、それだけ安全パイって事なんだろうけど。
「ほんまに?あたし岡村くんとの絡みの方が多いもんね。」
姉の敵王に嫁いだ後のシーンではあたしが絡むことになる。
「でも澤井さんとの絡みも、ラストのシリアスシーン以外はやっぱ息おうてるね。」
「漫才コンビやないねんから、その言い方はおかしいやろ?」
確かに、王子とは今までなんどかバラエティ番組で共演して、相性いいなって思ってた。ボケツッコミの感覚の事ね。よく聞いたら、同県出身だったんだよね。うちの方がかなり浜手で(要するに庶民)柄の悪い地区だけれども...熱血、大神タイガーのファンでもあるあたしは彼らの先輩、ギャラクシーの天野さんとは犬猿の仲と言われている。一度共演してジャイアントファンの彼と滅茶苦茶にらみ合ったことがある。別に喧嘩したわけでもなく、あとで野球話で盛り上がって飲んだくらいなんだけど。
あの時の度胸と、気っぷの良さが彼らの事務所に気に入られたのかも知れない。それに、関西出身の彼らスニーカーズは意外とお笑いメンバーとも仲がいい。うちの事務所のお笑いコンビなんかとも仲いいって聞くしね。人見知りの激しい相方の剛史くんよりはお笑い界に精通してるといってもいいだろうとおもう。

「ナツキさん、この後食事は?」
岡村くんと話してると王子まで寄ってくる。ああ、美味しすぎますって。
「ん〜どうしよっかな...」
「あ、オレら次の舞台の練習入ってるんで遠慮しておきます。」
千原くんと岡村くんは次の舞台の練習も入っててかなり大変のようだ。あたしも珍しくこの後は仕事は入ってない。ちらっと晃一くんのマネージャーさんの顔を見るとOKって出てたので行くよと返事した。
こういうときにも気を使うんだ。今日は共演の瞳さんも来るから二人っきりでなく、いざというときTVで証言してくれる事務所外の証人が必要だったりするのだ。この世界も長くなってきてるあたしはその当たりをほどよく押さえている<賢い芸人>だったりする。

「ほな、あの辺りは?最近帰ってないんやけど。」
「ああ、あそこは新しいにショッピングセンターが出来てなぁ、道がようさんついて、車で行ったら焦ったで。地震のあと、滅茶苦茶変わってしもたもん。」
十数年前の大震災で大きな建物まで様相を変えてしまった地元の話で盛り上がる。飲み屋の居酒屋の大きめの個室にスタッフ入り交じっての大所帯で昔話に花が咲いていた。ホンマに住んでたところが近かったんやと実感中。
「懐かしいなぁ。ほんまに...ナツキさんはそないに帰るん?」
「ん〜やっぱ月に1〜2回は。あたしも仕事でよう大阪戻るし、今は日帰りでも出来るやん?兄貴も結婚したけど家出てるし、親が寂しがるんねん。ちょくちょく暇見つけて帰ってるよ。」
事務所は東京だから、そっちの仕事も多いけど、たまに地元のTV局にも呼ばれる。
「うん、ナツキさんの話聞いてると田舎に戻った気になるなぁ。それに落ち着くわ...やっぱ話し方、同じ関西弁でもオレら微妙に違うやん?剛史も奈良やからちゃうし、お笑いの人らは、完全に大阪の方やもんなぁ。」
「せやな、東京の人からしたら、全部同じ関西弁にきこえるんやろけどなぁ。」
二人して妙に同族意識。
うう、嬉しいよぉ〜〜やっぱ近くで見る王子様はさらさらの金の髪に、優しげな笑顔、服装も朝と違って今は黒っぽい革のパンツでぴしっと決まってるし。仕事モードでも同じ関西弁話してリラックスしてくれてるのが嬉しい。
「ねえ、晃一くん、今日の二人で歌うとこね、」
「はい、どこですか?」
横から瞳さんが王子を攫っていく。ん〜表情まで王子様に変わるなぁ。でも、あんまり瞳さんとも目合わさないんだよね。シャイというか、どっちかって言うと女の人、それもお色気タイプは苦手っぽい。だから余計あたしみたいなのとは気軽に話せるんじゃないかな?
それでも苦手を全面にださないのはさすがプロ。
普段はめっちゃ素朴な持ち味だしてる王子様キャラの晃一くんだけど、さすがに芸歴長いだけあって、よく踏まえてる。
<敵味方・有益不易・害・無害>この辺りはよく掴んでるし、向上心もすごい。でなきゃ毎年こんな大きな舞台座長としてやれるわけがないよね。ぼーっとしてるときと舞台に力はいってる時との落差がすごいのは確かで負けん気も強い。舞台に対するこだわりもあるし、何が何でも成功させたいって野心もあるみたいで。
そう言うあたしも負けん気は強い。それなりに荒波もわたって来ているし、今も渡り中。でなきゃこの世界生きていけないからね。
だから口に出して『王子様〜』とか、『かっこええわぁ』とか言ってるけど、誰も本気と思えんよう、無駄な片思い?を演出してる。あたしの方が老けて見えるけど、実は年齢は晃一くんとあまり変わらない。舞台上では瞳さんが一番年齢が近いように見えるけど、晃一君とは7つぐらい違うんじゃないかな?


この仕事について幸せなこと。
みんなが笑ってくれること、それから、こうやって普段の王子様の姿が見れること。
舞台が千秋楽迎えるまでのわずかな間だけれども、あたしなりに楽しもうって思っていた。
あの事件を目撃するまでは...
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