10
覚悟はしてたんだよね... 「ナツキ、悪いなぁ...」 事務所で社長が申し訳なさそうに頭を下げる。 「しょうがあらへん、こればっかりは。社長の責任やないし...」 「いや、オレもついムキになって言っちまったからさ。」 見事にあたしの仕事はキャンセルをくらった。テレビ関係全滅... そりゃね、自分とこのタレントださないって言えば強いもんね。 バラエティが多かった分、あたしのスケジュールは真っ白になった。 「あたしだけなんやし...ねえさん達のほうはキャンセル入ってへんのでしょ?」 「ああ、さすがにソコまではやらんだろう。恋愛はあくまで個人問題だ。そこまで向こうの事務所も馬鹿じゃねえ。」 でも、その原因がGALAXYの天野さんとのいざこざ確執に持って行く辺り用意周到といえるだろう。最初にGALAXYと噛んでる番組に圧力かけて、あとは芋づる、みんな右に習えだもん。こっちは原因がわかってる分文句のつけようがない。 「たぶん、王子の今度の映画の仕事があるからやろね。それまでは噂になるなって事やろし、目障りなんが居らん方がええし、お笑いより一般人の方がええとか思てるんかもや。」 「けど、澤井くんはこのこと知ってるのかね?あの電話の調子じゃナツキのこと本気だってオレにもわかったけどな。男気のある彼がこの事態を知って大人しくしてるかな?」 「大人しくはしてへんやろけど、どうしようも無いやろうから。しばらくは逢われへんって覚悟はしとるけど。仕事好きやからねぇ、うちの王子様は。けどいくら何でも自分の不利になるようなことはせんと思うよ。」 アイドルの悲しい性、きっと仕事か恋か、どちらか選ばされるだろう。そういう所だもの...でもあたしとじゃ、どう見たって仕事だよ? あそこの事務所が認める恋愛沙汰はまず仕事に支障悪影響のないこと、スキルアップ出来る相手だったり、レベルの高い相手とだったら文句も言わない。 結婚は、ある一定の年齢を超えて人気が落ち着いてからなんだろうと思う。それも相手がファンや世間が納得して文句が言えないような相手に限定される。 同じ事務所でも結婚してる人なんてごくわずかだし、もしかしたら隠してたりするのかも知れない。他のメンバーなんて意外と隠し子なんかがいたりして...まあ、あり得ないだろうけどね。そうだとしたら、バレてないのは事務所のチカラ? それとも問題になってこないのは、別れさせられちゃうからなんだろうか?でないとあれだけモテる美少年が集まってて、浮いた話が少なすぎるなんて納得出来ない。だからあたしのようにイメージダウンを与える相手は最初っから排除されちゃうし、今回は王子が本気だから焦ってるだろうなぁ...まさか他の綺麗な女優さんがダメだからなんて事務所もわからなかったんだよね? 王子って、もしかして下手物好きだった? 「で、どうするんだ?これから...」 真っ白なスケジュールボードを眺めて社長がため息。 「あたしはこれでも舞台人やから。団長も次の公演にもちゃんと使うてくれるらしいし、テレビの仕事が無くなっただけやと思えばええんやから。」 開き直りかも知れないけど、もともと舞台が好きで入ったこの仕事。 見せ物の様なテレビの仕事は苦手だった。でも色んな人と出会えて楽しかった。夢のような世界に迷い込んだ結果がコレだもんなぁ。 幸か不幸か、どちらと言ったらいいんだろう?王子との恋だっていつ終わるかわからないし、続けていく自信なんて正直ないよ? そう考えればテレビの方が収入もあって、生活の足しにはなったかも...なーんて考える。 「ナツキ、すまんな...」 社長の呟くような声がぼそりと事務所の空間に残った。 <今から行く> 突然だ。王子はいつも... <来んとって!> メール返した途端に電話が鳴った。 『ナツキ、なんでや、なんで行ったらあかんねや?』 「せやかて、だ、誰が見てるかわからんし...」 『もう隠さんでええ、マネージャーがやけに携帯とかチェックしとると思たんや。この間の事もあるからな、おかしい思て雨村さんにも聞いたんや。ナツキ、ごめん...オレが行ったところで何もならんのわかっとる。けど、オレが、ナツキに会わんとおれんのや。それに、事務所に話つけに行くとしたらおまえの気持ちも聞いとかなあかんしな。』 「え?あたしの気持ち?」 もう、好きだってとうに言ってるのに?それ以上何を言わせる気なんだろう... 『あ、もう着くわ。』 「え、もう??」 そういうが早いか、部屋のインターホンが鳴った。 「ナツキっ!」 「こ、こう...んっ!?」 入って来るなりあたしを抱きしめた王子は、部屋の鍵を後ろ手に閉め、そのまま靴を脱ぎあたしの身体を抱えたままベッドにもつれ込む。 「ちょ、なんよ??いきなり、晃一くん?」 「悪い、かなり頭にきてたから...」 キスされるのかなって、期待したんだけど(恥ずかしい)そのままぎゅううって抱きしめられるだけだった。 身体を起こした王子は、あたしの腕を引いて起きあがらせながら、また抱きしめてきた。それでも怒りが納まりきらないらしくって、その綺麗な目をキツく尖らせていた。 (あ、キレイだな...) なんて思うあたしはミーハー?怒ってるその目がすごく真剣で、ぞくぞく来ないといったら嘘になる。この目には何度もやられてるしね。 「ナツキ、あのな...」 「いいんよ、あたし元々劇団でやってくつもりやったし、テレビなんかでれへんでもかまへんねんてば!これからは舞台一筋で頑張るし、晃一くんも見に来てよなぁ?あ、けど見つかったらヤバイから変装してきてな!それから...」 「ナツキっ!」 睨まないでよぉ...先手を打って王子に心配かけないようにしてるのに。 「な、なんよ...」 「いいんだな?このままで...おまえテレビの仕事このまま無くなってもいいんだな?」 「いいよ、せやかてこれ以上劇団や事務所の社長に迷惑かけらへんもん。」 「まさか、俺と別れようなんて考えてへんな?」 いつか別れるのかな?ってかんがえてるけど、それは今じゃないからいいよね。だってせっかく実ったこんな奇蹟のような恋、もう少しの間だけでも味わっていたいじゃない? 「そ、それは、もう。」 「仕事は?舞台だけ続けていくんか?」 「うん、そうしたいけど...」 「そっか...じゃあ、まだ世間には公開できへんな。」 「え?」 「いっそのことオレらのことばらしてしまおうかと思ったんや。けど、おまえが舞台続けるんやったら、そんなんしたらおまえの舞台滅茶苦茶になってしまいかねんやろ?もし、オレのファンが嫌がらせでもしたら...」 あ、そっか!そういう可能性もあるんや。 「ならしばらくは伏せておくとして、もし、子供が出来たとしたら舞台はやめてくれるか?産むまで無理でけんやろし。」 「子供...だれの?」 「オレとおまえの。」 「産むって...誰が?」 「おまえ以外に誰が産むんや?オレの子。」 「だ、だって...」 「まあ、まだ先やしな、それはええねんけど、世間にバラすまでの最低の期限つけとかなあかんやろし。」 「なあ、聞いていい?」 「なんや?」 「何をバラすの?」 「オレらのこと。」 「それがなんで子供産むまでなん?」 「入籍だけでもええから、結婚してしまえばこっちのモンやろ?そしたらやっぱりおまえが子供出来るまでは仕事続けるって言うとかなあかんし、その当たりちゃんと事務所に言わなあかんと思てな。その意思確認や。」 「だ・か・ら、なんでそないに話が飛ぶの?」 「オレがおまえや無いとアカンからや。」 「せやからゆうて、話が飛躍しすぎやんか!」 「なんで?ナツキはオレと一緒になるのはイヤなんか?」 「そういう問題じゃなくて!まだ付き合いだして間もないのに、なんでそんな...」 「せやから事務所にやなぁ、」 「事務所は関係ないのっ!あたしは...まだなんにも言われてないんよ?」 あっ、て顔を王子がした。ほんとにもう、結構せっかちなんだから。ひとりで話決めたりるの、まあ、最初っからだけどさ。 「そうやったな。オレの気が早すぎたな、ごめん。けどな、オレ、事務所にいずれ結婚するつもりやって言うつもりなんや。そりゃ、もちろん、ナツキがええってゆうてくれたらなんやけど...」 「あたし、まだそうゆうの考えたこと無いよ...だって、何もかも始まったばっかりやし、あたし、全部が初めてで戸惑ってばっかりなんよ?せやのに、結婚って...」 だめだ、目が回る...思考回路が着いていかないってば! 「オレは本気や!そのつもりでおってもろてもかまへんのや。こんな、ナツキの仕事邪魔するようなことしてしもて...オレかて今回の事務所のやり方は頭に来てるんや。ナツキ相手に遊びもほどほどにとか言われて、オレかて黙ってへんぞ?オレは...たぶんナツキしか抱けん。前に言うたやろ?オレ色々あって、女あかんようになってたって。」 「うん、前に言ってたね?」 「まあ、オンナっていうか、ある種の人間もアカンねやけどな。デビューして、CDだすまでに色々あってな...無理矢理関係もたされたり...それは事務所は知らんことやったんや。オレらが起こした問題のせいもあったし、あの当時のマネージャーが独断でやったことやった。その時にな、ひどい目に遭うたんや。オレも、剛史も...それ以来オレらには事務所も目を光らしてたのもあるんやけど、オレは、たぶん剛史も普通でおられんようになってしもたんや。普通に恋して、普通につき合うたり別れたり...その前に嫌悪感が先に立って、大丈夫な相手探すのに時間かかったんや。」 目の前の王子が、とてつもなく不安定に見えた。 スニーカーズの二人はデビュー当時から、少年にありがちなガラス細工のようだと言われていた。関西出身でお笑いもいけるのに、どこか繊細で押しの弱い、遠慮がちな、少年特有の脆さを隠し持ったコンビだった。見た目もさながら、デビューしてかなり時がたつのに、二人のもつ透明感や繊細さや脆さは変わらなかった。 がむしゃらに仕事に打ち込む王子、ちょっと斜に構えていつでも逃げれるような雰囲気を持った相方の澤井剛史くん。 その理由が、ほんの少しだけわかった気がする。どんなに人気者でも、自分の中の傷や壁をもっていたんだ。そしてそれを乗り越えようと必死になっている。自分もそうだった、だからこそ、王子が気きになり、王子もあたしを見てくれたのかも知れない。 あたしは背伸びして、静かに彼の頭を抱きしめた。 「辛かったんだね...」 そのままそっと崩れ落ちるその頭は、あたしの膝の上に納まった。 「夏希...オレにはおまえがおったんや。剛史にもそういう相手が出来たみたいや。あっちは一般人やし、剛史の方が重傷やったから、事務所が俺の方まで同時期にスキャンダルにしたない気持ちはわかるんや。映画の話もあるのはわかっとる。どうも、おまえ相手やと冗談やと思われてる節もあってな、事務所側もちょっと釘さしたら、いつもの如く離れていくと思たらしいんや。」 「いつもの如く?」 「ああ、相手がタチ悪かったり、売名行為のような輩は、それ以前に排除されるんや。でないと、こうも押さえきれんやろ?うちの事務所はやりたい盛りのガキンチョ大勢集まってるんやしな。」 「そ、そんなもんなの?」 「まあ、あいつらにはオレらのような思いはさせたないしな...そんなん無しで楽しませてやりたいんや。ただでさえ、アイドルっちゅうのは好きな相手とじゅうぶんに逢えへんし、えっちも出来ひん。」 「きゃっ、や、くすぐったいよ...やめて...」 晃一くんの手が膝頭を撫で回し、そこから背中に回っていってジーンズの中からシャツを引き出そうとする。 「ま、まって!だからまだ聞いてないよ?」 「ん?」 起きあがってそのままあたしを後ろに押し倒す。ベットの上だから痛くはないけど、両腕押さえられたら動けないよ? 「オレは、ナツキを見つけた。離す気もまったくない。これからもずっとや。逃げれんように、オレのモノにせな安心でけへんのや。おまえ、すぐ逃げようとするからな。」 「だって!こっちだって腹くくらんとあかんやんか!訳わからんうちにこないなってしもて、あたし考えついていかへんで...」 「考えよったら逃げるやろ?ナツキみたいなタイプは。それで今まで経験無しで来たんやろが。待とうか思たけどな、そんなんしょったら即離されてしまう思たんや。まあ、多少強引やったけど、こんなんするんはナツキ限定やし?」 「でも!あたしは、じゃあ、どないしたらええの?」 「オレの側に居てほしい。全部オレのモンになって欲しいんや!そのためにナツキの夢、奪ってしまうかもしれん。けど、オレは離したない。せやからナツキの気持ちを聞きに来たんや。オレを取るか、仕事をとるか。オレはその答えをもって事務所に掛け合うつもりなんや。」 仕事か晃一くんか? そんなん、決められへんやんか!!もし、ずっと晃一くんが手にはいるんやったら...なくさんでええのやったら、仕事にしがみついてなくてもいいんかな?でも、この仕事も好きやし... 「オレはな、ナツキを取ると言うつもりや。」 「うそっ!?」 「ホンマや。それを事務所が許してくれるんやったら、仕事も今まで以上にやっていきたいって思てる。あと何年か待てと会社が言うんやったら待つ。その代わり、ナツキの仕事も今まで通りにと言うつもりなんや。」 そんな、うまくいくの?だって、だって... いっぱいの無理が頭の中で生まれてくる。 ファンの子に知れたら?週刊誌に撮られたら?やっていけるんだろうか、あたし... 「オレが守るてゆうたよな?オレがもし普通の男やったら、ナツキはそないに悩まんで済んだんか?」 そっと、押さえていた手を離してあたしの頬を優しく撫でる。 「それは...」 そうかも知れない。普通のそこら辺にいる人で、あたしも普通に働いてるOLとかだったら...でも王子だもん。舞台に立ってるときは光り輝く王子様やもん。でもって...普段は、普通の男の人や。 普段着着た、普通の人や! 「それやったらこないに悩まへんけど、好きになったかどうかわからへんで?あたしはジャージや普段着を着た王子様に惚れてしもてんもん。」 あたしはニッコリ微笑む。空いた手で王子の頬を撫で返しそのまま首に腕を絡ませる。 「え?それって...」 「いっぱい悩んだり、ちょっと強引やったり、さっきみたいにちょっと泣きそうになってたりする晃一くんも、真剣に舞台や仕事に打ち込む晃一くんも全部好きやって事。」 「ナツキ...」 王子の身体があたしに重なる。抱きしめ返すその手にもチカラを込める。 「けど、あたしもまだまだ仕事はしたいよ。そんなあたしでよかったら、いつかお嫁さんにしてな?」 「ああ、もちろんや!」 王子があたしを抱きしめたまま身体を反転させた。あたしが上に乗っかる形。 「どんな噂が立っても、責任取ってくれるんやろ?そしたらどないなってもええわ。ファンに石投げられようと、カミソリ送られてきてもかまへん。晃一くんの思う通りに公表してもええよ。」 少し身体を起こして王子の顔を覗き込みながら応える。 「腹くくった?」 「うん、しっかりくくった。あたしは信じとったらええんやろ?」 「そうや、オレのことちゃんと信じててくれ。」 「どれだけ逢えんかっても、待ってたらええんやろ?」 「それは...たぶんオレが耐えられへん。」 また身体が反転する。目が回るよ...天井の変わりに王子の顔が目の前に落ちてくる。 「今かて、もう我慢出来んとこまで来てるんや。はよナツキに手だしたい。いますぐ...ええか?」 ちょっと拗ねたような、王子の表情に思わず笑いがこぼれてしまう。 だってそれはあたしだって同じ気持ちだから。 「ええよ。けど、明日朝から劇団の稽古やねんけど、ちゃんと寝かしてくれる?」 「オレも明日の朝から事務所襲撃や。余力は残すよう、努力する。」 「ほんまに?こないだみたいなんいややで?仕事キャンセルになったから良かったけど、あのままやったら仕事危なかったんやから。」 そう話してる間もせわしなく動く手。 ホンマに女あかんかったんやろか?と疑問を持ちたくなる。 「オレはナツキで充電出来るけど、おまえは消耗してしまうんやもんな...わかった、気つけるけど、我慢が効かんときは勘弁な?」 王子様はその微笑みであたしを翻弄する。 結局は王子の思うがまま、この微笑みにはすこぶる弱い。 何度か気が遠くなっても、揺さ振られ目を覚ます。身体が軋みそうになるほど...だんだんとやってることがレベルアップしてるような気がするのは気のせい? 「たぁ、もうだめぇ...」 「ごめん、ナツキ...止まらんのや、あかん、力入れるな!」 「せやかて、あぁああっ!こんな恰好、いやや...恥ずかしいっ」 「くぅっ...ナ、ツキっ」 激しく身体を打ち付けていた王子の身体の動きが止まり、薄い壁越しに、あたしの中に熱いモノを吐き出した。 「あぁ...ん」 すごく不思議な快感。王子があたしの身体で感じてくれている証拠なんだもの。その時の切なげな表情は今日もあたしが独り占めだよ? 今からいっぱいするだろう苦労へのご褒美の先払いみたい。 「ナツキ、離さんからな...」 耳元でそう囁かれてあたしはゆっくりと意識を手放す。 目が覚める。 目の前の王子の寝顔にもようやく慣れてきた。あたしを包む腕にも、身体に残された行為の跡にも、慣れていくのだろう。 知ってしまったこの甘い時をあたしも手放せなくなっていくのだろう。 「やっぱり狭いなぁ...今度はオレのトコへ泊まりに来いよな?」 ベッドが狭いことに文句を言って、鍵を一つあたしの手の中に落とす。そして王子もあたしの鍵を強要する。 「なあ、部屋ではなに着てるん?」 「ん?冬はジャージやなぁ。夏はパンツ一丁の時もあるけど。」 「泊まったらあたしもかして貰えるん?」 「ジャージか?ようさんあるからな、どれでも着たらええ。」 休日を部屋で二人で過ごしましょう。お揃いのジャージなんか着たりして。そう、二人で普段着でずっと側に... そのためにも明日、頑張ってね。 |
−Fin− |
まだまだ苦難はありそうですが、二人の恋はこれからも突き進んでいくと思います。また二人の日常などかけたらUPしていきますねw |
kei kuishinbo |
素材:CoCo*