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My Prince Your Princess 〜普段着の王子様〜

(うそ...)
帰宅したあたしの目の前に、たぶん二度とこの部屋には来ないだろうと思ってた王子の姿があった。
「よう、久しぶり。」
ただいまと付け加えて、あたしのアパートのドアの前から立ち上がった王子。着古したTシャツにジーンズといったよれよれの格好、目深にかぶったキャップからは明るい色した髪がこぼれている。帽子さえ取らなかったらそこいらの若いおにーちゃんと変わりはないと思う。その足下には大きなスポーツバックが転がっていた。
「今帰ってきたとこなんや、部屋に入れてくれへん?」
「え、なんで...」
「はぁ?」
あたしの返した言葉に王子は思いっきり表情を歪めた。
「なんでって、会いに来たんやから。こんなとこにいつまでも居れんやろ?」
あたしは呆然としていたけれど、急いで意識を取り戻す。
ダメだ、ダメだ、ダメだぁ!!
今日言われたばかりなんだから、『逢うな、つきあうな!』って。王子のイメージが壊れるからとまで言われたんだよ?社長に喧嘩売るような真似までさせて否定して帰ってきたのに...此処で部屋に入れたら意味ないじゃない?
「えっと、だめだから...帰って?」
「何がダメなんや、いいから鍵貸して。」
あたしが手にしていた鍵に王子の手が伸びる。
「だめっ!」
あたしは急いで手を振りほどいた。
「だから何がダメなんや?部屋でも散らかしてるんか?そんなん気にせえへんから。」
あたしの腕を掴んで強引に鍵を取ろうとする。
「ちゃうって、部屋は散らかってるけど、けど、ちがうんねん!あかのよ、来たらあかんのやて...」
「え?まさか...おまえ他に男でも出来たんか?せやからオレが来たらあかんのか?」
「ちがっ...」
あたしは一瞬口ごもる。そうだ、そういってしまえばもう二度と王子はこの部屋に来ないだろうし、諦めてくれるだろう。
えっと、でも諦めるって、それはあたしが、だよね?王子は単に忘れてくれればいいだけなのに、男が出来たかなんてありえない疑いまでして...あれ?これって、もしかして...
嫉妬?王子が?他の男に?
まさか、だよね...?けど、もしもこのまま疑ってくれればこの部屋に王子が来ることはなくなるだろうし、嘘ついてでも居るって言った方がいいかな?そしたらもう社長にも迷惑かけないし、王子にだってへんな噂が立たなくてすむんだから。
「まさかな、おまえに限ってそんなことあれへんわな。オレですらいっぱいいっぱいやったんやからな。まあ、急に来て悪かったけどおまえもメール嫌いみたいやったから、直接ココに来たんや。そないにあかんかったか?」
「そ、そうじゃなくて...えっと、い、居るねん!」
「え?」
「カ、カレシっ!」
そういった瞬間殴られるのかと思った。王子の顔はキツく歪んで、優しい雰囲気を吹き飛ばすほどの勢いであたしの腕を引き上げるとあたしの手の中から鍵を奪った。
「ちょっ、なにするんよ!やめてってばっ!」
背中のシャツを引っ張ってもびくともしない。王子はあたしの部屋の鍵を勝手に開けると部屋の中に飛び込んだ。
「なんや、誰もおらんやんか...」
王子は玄関の足下を見てそのまま部屋の中に上がり込んでいった。
「晃一くんっ、勝手にはいっらんとって!い、今は誰もおらへんけど、あとで...そう、後で来るねん!電話があるかも知れへん。せやから帰ってっ!」
居ちゃダメなんだって、今日そういわれたんだよ?聞いてないの?会社から...
「ほんまなんか?」
「えっ、と...」
この表情見たことあるよ。すごく怒ってるときの王子の表情だった。舞台でしか見たことのない怒りを露わににしたこの表情。すごく迫力があって、このシーンだと周りの雰囲気までがらりと変わっていたんだ。あの時、ううん、あの時以上の怒りの形相だった。
「俺があんまり連絡せんかったからか?けどおまえかて何にも言うてこうへんかったやないか!へえ...この間まで処女でも、一回やったら後はなんぼでもってわけか?たいした女やな、ナツキっ!」
何で怒るの?そっちこそ...会社が反対してるんだよ?さっさともっと自分にふさわしいところに行けばいいのにっ!何であたしなのよ?あたしはだめだって、今日言われてきたんだからねっ!そんなこと言われて傷ついてないはず無いんだよ?向こうが言ってることが当たり前すぎて、必死でそうなんだっと思いこんで、ずっと我慢してきたのに...
「何か言えよっ!そんな泣きそうな顔すんなよ...」
あたしは堪えていた。涙も嗚咽も...一言でも声を出したら鳴き声になりそうで何も言えなかった。
だって、あたしやっとの事で初めてを王子で体験したけど、それ以上なにも望んでなかったんだよ?他の男となんてとんでもないよ!そんなことしたら、王子との思い出が壊れちゃうじゃない...
「ナツキ...逢いたかったんや。けど、どうあがいたって逢えそうにないし、それに...ちょっと無理矢理や無かったかなって反省もしてたんや。結構強引におまえのこと抱いたし、怒ってるんと違うかなって思うようなメールの返信やったし...雨村さんに聞いたら、ナツキは元々メール無精やって聞いたから、メールに頼らんと直接会いに来ればええと思たんや。せやけど、その間にカレシか?オレはカレシとは違うんやったんやな...」
だって、付き合おうとか、そういうこと言われて無いじゃない?反論したかったけど、未だ声が出せない。
「なあ、まだ始まったばっかりやなかったんか?オレら...ちゃんともう一回はじめようや、ナツキ。」
王子の腕があたしの背中に回る。あたしは動けないまま抱きしめられていた。頭の中じゃダメだって警鐘がガンガン鳴っている。でも心も体も王子を覚えてる、優しい声に溶け始めてる。
「ナツキ、なんかあったんか?」
それでも身体を硬く固まらせたままのあたしを不信毛に見ると、いきなりあたしをベットの方へ連れていった。
「なっ!」
声を返すまもなく押し倒され唇を塞がれる。こうなったらあたしが逆らえないこと知っててやってるんだ!この横暴王子は...
人が、必死で決意して、事務所に迷惑かけないようにしようと思ってたのに!当人がこうやって来てたら意味ないよ?何やってるんだよ、王子の事務所はっ!その言葉も出せないほど深く口づけられていた。
「んっ!」
「身体に聞いてやるよ、新しい男が出来たか、何があったのか口を割らせてやる!」
挑戦的な視線で真上から射すくめられ、再び王子があたしをベッドに縫いつけた。


「あ、やぁ...」
ダメなのに...社長とも約束したのに。劇団や事務所に迷惑かけちゃうよ?
「ナツキ、やっぱりオレだけのナツキやないか...」
あたしの中の王子がその存在を誇張する。あれ以来誰も受け入れたことのないソコは、前ほどじゃなくても少し引きつるような痛みを伴った。最も、確認するために前ほど攻め立てられてからじゃなかったからだけど...
「あかんねん、もうこんな風に逢うたらあかんのに...」
あたしは耐えきれずに嗚咽を漏らす。突き立てられ、揺すぶられる快感なのか、それとも耐えきれなくなった想いからか、あたしは譫言のように言葉をこぼしていた。もう、ほぼ無意識に。
「なんでや?」
「だって、言われたから...」
「誰に?」
「...」
「まだいわんのか、ナツキ!」
「あぐっ!」
答えないと身体を押し広げられて深く攻め立てられた。
「せやかて、あかんねん、みんなに申し訳ないから...」
「ナツキ...おまえ、なんでそんな風なんや?オレの事嫌いになったわけやないやろ?」
「うぅ...」
答えたい気持ちと、答えちゃいけないって気持ちで喉が詰まる。
「ナツキ、オレは本気や、本気でおまえとつき合うていきたいと思ってるんや、せやから、黙らんとってくれ、何でもゆうてくれよ。おまえを守りたいんや...こんな風に抱きたいだけやない、ホンマはおまえの居る部屋に帰って、一緒にご飯食べたり、お笑い番組見てゆっくりしたいんや。先に抱いてしもたから、おまえ不安かも知れんけど、普通の恋人同士がするようなこと、今から少しずつやっていきたいんや。オレは家でのんびりするのが好きやから、この部屋でもええし、オレのトコでもええ、二人で時間を過ごしたいんや。」
「晃一くん...あ、あたし...好きでおってもええの?誰がどうゆうても、諦めんでもええの?お笑い芸人が彼女でもええの?」
「ナツキがええんや!」
「あぁぁっ!!」
王子がさらに圧力を加えて、激しくあたしの上で身体を揺さ振る。ゆっくり目を開けて、その姿、表情を改めて目にする。
キレイだった。筋肉のつきすぎない鍛え上げた踊る柔らかい身体、金茶の髪が揺れる。真剣で、あたしだけを見ている薄茶色の瞳、切なげにあたしの名を呼ぶ唇。
全部、あたしの、あたしだけが知ってる王子様。
「ナツキ、もう...」
激しさを増したその動きに、抱え上げられたあたしの身体は揺すられて、もう考える力も失っていく。
「あっん、はぁああっ!」
最奥を突き上げられた瞬間、身体が弾けるような感覚を味わったあと、あたしは身体を痙攣させて昇り詰めていく。
「ああっ、ナツキっ!!」
「やあああっ!!」
おかしくなった身体を、なお突き上げられて狂いそうな声を上げてあたしは震えた。王子があたしの上で欲望を吐き出したあとも、それをキレイに拭き取って処理した後優しく抱きしめられてからも震えは止まらなかった。
「ナツキ、ごめん、無茶してしもうたな、また...」
王子が何度もごめんと言いながらあたしの身体をさすってくれた。次第に痺れたような震えは落ち着いていった。あたしは動く手でそっと王子の身体に手を回す。今は王子に縋っていないと気が狂いそうなほど、心も体もおかしくなっていた。
「ナツキ、離さんから、これからもずっと...」
愛おしげにあたしのこめかみにキスを落として、優しい王子さまの微笑みであたしを、あたしだけを見つめていた。
そのとき部屋に少し高い電子音の曲が流れた。スニーカーズのヒット曲、グラスファイバーな恋だった。
「あ、あたしの...」
「ああ、オレのは東京に着いてからずっと電源切ってるから。」
それでなの??事務所からの連絡を何も聞いてないんだったらよくわかる。
あたしは電話に出なきゃと身体を起こそうとするけど身体は起きてくれない。その時、王子がさっとベットから降りるとあたしの携帯を手にした。渡してくれるのかと思って必死で身体を起こしたのに、王子は自分でその電話に出てしまった。
王子は携帯を耳に押し当てたまま相手の話してることを聞いてるようだった。その表情がゆっくりと変わっていく。
「そうだったんですか...ええ、オレです、澤井です。ナツキは何にも言わないんでおかしいなって思ってたんですよ。え?本気ですよ、泣かせるつもりはありません。今日は、鳴かせてしまいましたけど。」
一体何を話してるの?それもだれと??
「すみません、今動けないみたいでオレが...事務所にはちゃんとオレから言います。おかしいなと思ってたんですよ、マネージャーがオレの携帯もチェックしてるみたいだったんで...ええ、文句は言わせません。オレが惚れたんですから。はい、大事にします。じゃあ、また日を改めてお会いさせて頂いていいですか?それまでにはちゃんと、ええ、そうです。藤堂さんにも、社長にも話します。そうですね、しばらくは伏せておく形で...協力して頂けるのなら心強いです。はい、ありがとうございます、それでは。」
まるまる標準語なのは舞台の時だけだと思ってたのに、でも今の話って...
「ナツキ、おまえんとこの社長からだった。今日のこと心配して電話したそうだ。」
「ええっ!!」
ぱちんと閉じた携帯をあたしに手渡した。
「辛い思いさせたんだな...藤堂さんが出てくるなんて...ちゃんと話すから、もう、言わせないから、ナツキ。」
ベッドに腰掛けてあたしを引き寄せ抱きしめてくれた。
あたしには信じるしかないし、今はこの腕に、胸に甘えていたい。
「なあ、おまえんトコ洗濯乾燥機あったよな?あれ、まわしといてええか?朝には乾いとるやろうから。」
玄関においたままのバックを指さす。
「えっと、あの...」
「朝まで居ってええやろ?今から帰る気ないし...ああ、それと何か喰うものある?腹減ったんやけど。」
「えっと、ご飯と冷凍食品ぐらいしかないよ、あたし料理そんなに上手くないし...」
「喰えたら何でもええ。どうせ、今はナツキも動けんやろ?場所教えてくれたらオレやるから。それともピザでも取るか?」
「...あたしでられへんよ?」
それは無理だなと王子は笑って台所に向かった。
しばらくすると見つけたお盆におにぎりとカップスープ、冷凍のパスタを載せて戻ってきた。
「ココで食べるん?」
「ナツキも少しぐらい食べるやろ?ちゃんと喰っとかんと明日までもたんぞ、身体が。」
「はい?」
明日までって、なに?
「あ、風呂も入れてくる。オレ明日事務所に顔出すから力着けとかんとな。ナツキは?」
意外に男っぽい王子の手がいびつな形のおにぎりを掴んでかじりついている。男にしては小さめの口に似合わないほど大きくかじりついて無茶苦茶頬張ってる姿はまるで子供みたいだった。
「13時からレギュラーの録りが入ってるけど...」
「そっか、じゃあ、早めに喰って、風呂いってそれからだな。」
だから何が?
「晃一くん?話が見えないんですけど...」
「前は初めてのナツキに無理させれんかったやろ?さっきはちよっと無理矢理っぽかったからやり直しするんや。昼までかぁ...ナツキにはキツイかも知れんけど、今夜ゆっくり眠るんは諦めてな。予想以上に長かったんやからな、ツアーの間離れてるんが...こないに他のことが気になったツアーは初めてやった。」
「仕事大好きの晃一くんが?」
「ああ、せや。オレはメールとか電話もあんまり好きと違うけど、時々やけどしてたやろ?だいたい地方に行くとスタッフや相方とべったり一緒でなかなか一人の時間もないし、今回は妙にマネージャーが張り付いてたから思た以上に出来んかったけどな。電話したかったんやけど、おまえが仕事の時にいきなり電話してもアカンと思て、空いた時間にメール送ってたんや。けど、すぐに返事なかったとこ見たら忙しかったみたいやな?時間あわん思て、電話も出来んかったんや。」
「もしかして、返事すぐ来るの待ってたん?」
「あ?ああ、すぐに返事があったら電話しようと待ってたんや。けど忙しかったんやろ?オレらこんな仕事やから、やっぱり電話のタイミングとか考えるよなぁ。」
残念そうにそう言っておにぎりのご飯粒のついた指を舐める。
猫みたいな仕草...その時ちらっとあたしに向けられた視線がすごく艶っぽく見えた。
そっか、あたしはすぐにメールの返事が返せなくて、散々迷って翌日の昼間に送ったりしてた。そうじゃなかったら電話がかかってきたってことだったんだ。ちゃんとしてれば、こんなに悩まなくても済んだ?だってねぇ、えっちまでしておいて何だけど、お付き合いってどこからはじまってるものなのかよくわかってなかったんだもの。あの後のメールも素っ気ないし、電話もないからてっきり遊ばれただけだと思ってた。
「ナツキ、もうええのん?」
「え?ああ、うん...」
残ったパスタを見てるのであたしは頷いた。じゃあもらうと王子はそれらを全て食べてしまった。もしかしてすごくお腹空かしてた?
「ごちそうさん、オレ、人の食べたあと喰えんかったけど、ナツキのやったら平気なんや。なんでやろな?」
「さ、さあ??」
ニッコリ笑った王子は食べ終えた食器を流しに持って行ったあと、食事の間だけ履いていたジーンズに手をかけた。なぁと
「そんじゃ次はおまえの番な。風呂、連れて行ってやるから。」
嬉しそうな顔した王子にバスルームに連れ込まれ、洗ってやるという申し出を辞退したにもかかわらず、散々喘がされ、明け方まで宣言通り眠らせて貰えなかった。



目覚めると10時過ぎ、急いで支度しないと間に合わない。
だけど...
「おはよう、ナツキ」
「おはよう、晃一くん」
そっと唇を重ねて囁かれる。ゆっくりとその胸に頬を寄せる。
眩しい笑顔の王子様の腕にくるまれて、あたしは朝の幸せを噛みしめていた。

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素材:CoCo*