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フェイク

〜最終章〜

3.いきなりの現実

「こんにちは」
一応、スーツなんか着ちゃって、事務所に顔を出したあたし。雅鷹はいつも通り真美子さんが見てくれている。
「サトちゃん、おひさ〜元気だった?」
こちらもネクタイ締めたりして、ジャケットなんか着て少々社会人っぽく見えるものの、相変わらずの明るい声でなっくんが出迎えてくれた。最初はいかにも少年って感じだったんだけどね。すっかり青年になっちゃって...月日の流れって早いのよね。
「なっくん、おひさしぶり〜ご指名受けて来ましたけど...」
辺りを見回すけれども、あのひとはいないようだった。
「いや〜サトちゃんだったらさ、しっかりしてるし芸能界もよく知ってるし、口も硬いし、なんでも頼めるからって、オレ推薦しちゃったよぉ!それにさ、あの天野さんの性格もよくわかってるし?今回急な解散だったから、ほんと独立もすっげぇ大変でさ...あの天野さんが丸1週間マジな顔してて、寝てないんだもん、まともに。」
「そ、そうなの?」
それで連絡出来なかったのかな、やっぱり。
「うん、実質天野さんが社長だしね。マネージャーとかスタッフが動いてくれてるけど、やっぱ信頼の出来るスタッフって限りあるでしょ?だから正社員って言うか正規のスタッフはメインマネージャーだった御園さんと、J&Mの企画スタッフの濱野さん、それから俺の3人だけなんだ。他はその時に応じてバイト雇ってさ。俺も何やっていいか全然わからなくて...とにかく普段は御園さんがつけないときとかアシやるとかで、昔の付き人時代に戻ったみたいだよ。だってさ、マネージメントは御園さんがやるけど、濱野さんは事務所開くのに奔走してるから。今はスタッフ集めとスケジュール調整とかが大変で、事務仕事が全然出来ないんだよねぇ...留守番にバイトの子置いていけないしね。で、サトちゃんなら天野さんとの仕事長かったから、大丈夫じゃないかって押したんだ。」
「そっか、ありがとうね、なっくん」
なんにも知らないから言えたんだろうけどね...アレが単に仕事だけの関係に見られてたとしたら、わたしもあの人も上手く立ち回ってたってことだよね?
でもね、本当は凄く怖い。バレちゃうのが...ううん、また他人の振りするのが辛いのかもしれない。それでもね、あの人の役に立てるなら、頑張りたいって思って来たんだ。これ以上待ってるだけもしんどかったし。

「でさ、聞きたいんだけど...結婚退職して、子供がいるって聞いたけど、ほんと?」
「え?」
「いやさ、サトちゃん子持ちだって聞いたから...」
「そ、それ、誰に聞いたの??」
「え?前から噂でね、子供が出来たから現場離れてるって。」
そりゃまあ、子持ちだったらマスコミ相手には疑われないと思うわよ?でもその子供が問題なんじゃないの??
「だから今回サトちゃん押したときに、天野さんが、それでもいいなら聞いてみるって。御園さんがコンタクト取るって言ったら、白井センセにも挨拶がてら連絡したいからって、珍しく自分で声かけるって言ってたよ。あのひと注文多くってさ、サトちゃんいない間のスタイリストの子泣かしたりして、替わりに白井センセが出張ってきてたりしたから、これからはそんな我が儘通用しないから...筋通したかったんだろうね。まあ、サトちゃんが来てくれて、スタイリストの仕事もしてくれたら、文句なしだしさ。勿論それ以外は事務仕事もだけど...無理言っちゃうけどさ、当分は番組お仕着せのスタイリストでも付いたときはそっちで行くから、無いときだけね。」
「うん、そうだからココの仕事はとても助かるわ。時間が不規則では困ってしまうから。時間通りに帰ってもいいのかしら?」
「うん、定時出勤で、子供が病気の時はお休み出来るようにって聞いてるから!」
そこだけ気を使われても嬉しくないけどね...取りあえず、自分の立場がよくわかった。
わたしは子持ちで、一旦仕事から離れてた昔の仕事仲間ってとこ。
「わかったわ、なっくん。じゃあ、早速どんな仕事をすればいい??」

しばらくはスケジュールボードの使い方や、パソコンの使い方をきいていた。なんだかんだ言って、なっくんもその仕事をしてたらしく、あたしがいればもっと現場に出られると言うことだった。スケジュール管理はPCが主、変わるたびにボードの書き換え、電話の応対は事務所名(AMマネージメントって頭文字そのまんま)から答え方まで、教えてもいい連絡先と、相手の判断が大事らしい。マスコミや個人ファンの対応もあるからだ。
「あ、帰ってきた!」
わたしはにらめっこしていたキーボードから顔を上げた。一緒に画面を覗き込んでいたなっくんの向こう、ドアを開けて入ってきたのは天野雅弘その人と、すらりとしたパンツスーツを隙無く着こなしたクールな表情の女性だった。
「天野さん、御園さん、来てますよ〜サトちゃん、いえ、水城里理さん」
ほらと即されて、急いで立ち上がったわたしを前に押し出す。
うう、何よその顔!又しかめっ面?久しぶりにみるのに...嬉しくないの?まあ、こんなところでいつもの調子って訳にはいかないのわかってるけど。
「あの、お声かけ戴いてありがとうございます。今日からお世話になります。」
「久しぶり、水城さん」
え?水城さん??って、そんな呼び方はじめてされましたけど??
「やだなぁ、天野さんいつもサトって呼んでたじゃないですか?」
「んじゃあ、サト、よろしくな」
なっくんに言われてにやっと笑って言い直す彼。その顔はやめてください、人相悪くなるから!
「サト...さん?あなたが水城里理さんね、こちらこそよろしく。御園遙です。」
手を出して握手を求めてきたのは、元ギャラクシーのチーフマネージャーだった御園遙さん、27歳(なっくん情報)。私より若くて、美人で、頭も切れる敏腕女史マネージャーだった。

どかりと事務所の椅子に座り込む彼は、かなり疲れた様子だった。
「お茶でもいれましょうか?」
あたしは台所に向かうが、そこには珈琲しかなかった。
(あのひとは疲れたときは日本茶なのに...)
仕方なく珈琲を人数分入れて戻る。御園さんはブラック、なっくんはミルクと砂糖、天野さんはミルク入れたり入れなかったりっていうのは知ってるから、今日は疲れてるのでミルク入り。
「ありがとう、それで一応契約書みたいなもの作ってあるんだけど、サインしてもらえるかしら?」
珈琲と引き替えに差し出されたのは、注意事項や給与の金額などの書かれた書類だった。
「いや、こいつは子供いるから...しばらくはパート扱いでいいんじゃないか?誓約書があればいいだろ。」
あまりにも本格的な書面に驚いていたら、彼がそう助け船を出してくれた。
「そうなの?それじゃしかたないわね。ここで得た情報は絶対にマスコミや家族にも話さないこと。これにサインして貰えるかしら?」
あたしは受け取ってサインした。一応ハンコももっていてたのでちゃんと捺印する。
「しっかりした方でよかったわ。スタイリストの仕事も出来るときにはお願いするわね。」
まだ気を許した様子でない彼女の微笑みに返しながら、ちらりと彼の方を盗み見た。
本当に疲れた様子で、帽子を目深に被ってソファに身体を埋めている。
「少しなら時間あるから奥で休めるわよ?」
御園さんがそう言って彼の肩に手をかける。さっきまであたしに向けていたのとは全く違う表情。困った子供の面倒をみるような女の顔を見せていた。
もしかして...一瞬よぎった推測。
まさかね?このひとは本当に我が儘だし、ずぼらだし、ついつい面倒見なきゃって気にさせられるんだから、きっとそのせい...そう思うことにした。例えそうだったとしても、あたしの立場は今は変わらないから。
今はただの事務員兼スタイリスト。
「ん、寝るより...なんか喰うもんない?」
いきなり、それですか?なっくんがあたしの方を伺ってる。そう、昔からこんなときのパシリはなっくんだけど、此処じゃあたしの方が下っ端だし、なっくんに任せたら、とんでもなく身体に悪そうなものばかり買ってきそう...
「あの、台所には何もなかったんですが...何か買ってきて作りましょうか?」
「里理さん、料理出来るの?」
「ええ、まあ、主婦もしてますから。」
その男の家政婦も長いことやってましたし?天野雅弘の好みなら知り尽くしてると言っても過言じゃないです。
「じゃあ、なにかお願いしていい?あんまり外に出れないから、店屋物とか、ファーストフードばかりになってて...タレントの健康管理も事務所の仕事ですからね。台所好きに使って貰っていいから、お願い。」
あなたにお願いされなくてもやりますよ、今までやってきたんだから...このひとの好きなモノだけ食べさせてたら即偏食で肌荒れ起こして体調崩しますから!
それが彼でなく、御園さんに命じられたのは気に入らないけど、今はそんなこと言ってられない。あたしはこの事務所のパートで、一番下っ端なんだから。
「じゃあ、買い物いってきます。」
「それじゃ、これ、経費はここね?信用したいけど、入り用な分その都度私か、ココにいないけれどももう一人のスタッフの濱野に言ってくださる?出来れば建て替えて置いてもらって、レシートか領収書で請求してもらえばいいから。」
「わかりました。」
台所を見回していりそうなものをチェックして事務所を出ようとした。
「じゃあ、俺、荷物持ちで行ってきます!」
なっくんがニコニコ笑ってあたしの後を追いかけてくる。ちらっと振り向くと、まだむすっとしたままの彼がこっちを睨んでいるのが見えたけど、そのまま二人で買い物にでかけた。
お望み通り料理するって言ってるのに、なんか文句あるのかしら??
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