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フェイク

〜最終章〜

4.強敵現る?

「あー助かった!俺、あの人苦手なんだぁ、キビシイ人だからね。俺なんか説教ばかりされちゃってさ。」
「あはは、でもね、なっくんがいてくれるから、天野さんいい気分転換になってるんじゃない?あのひとが真面目な顔して人の言うこと聞いてるなんて、結構ストレス溜まってると思うよ。」
「そうだねぇ、前はよく俺もサトちゃんも天野さんに弄られてたからね。あれって天野さんなりの気分転換て言うかストレス発散法だったんだよね。さすがサトちゃん、よくわかってらっしゃる。あっ、これも食いたい。」
なっくんと二人、スーパーで並んでお買い物してると、どう見ても姉と弟が賑やかに買い物してるって構図ができあがってしまう。まあ、あのひとと一緒にスーパーなんてあり得ないから、これはこれで新鮮な体験。なっくんは子供みたいに思いついたもの放り込むので売り場に返すのが大変。これじゃ異母弟のと変わらないっていうかそれより酷い??
「駄目、無駄使いしてたら怒られるよ。前からそうだったもんね、天野さんは機嫌悪いとあたし達に当たったり、なっくんはパシリに使われたりで、それで鬱憤はらすからね。なっくんも必要な存在なんだよ。」
「まあね、今じゃ当たられたりすることもないし、意味なくパシらせたりしなくなったし...天野さんなりに色々考えてるんだなって思うよ。その上で一緒に来てくれって言われて、嬉しかったんだ。だってさ、あの人口ほどキツいことないし、結構気回してくれるし、俺が無理したりしてると休ませてくれたり...失恋したときも酒おごってくれたりとかさ、いい人だって、わかってるから。」
「うん、そっか、よかったね。」
何だか嬉しい。あの人のこと褒められると、まるで自分のことのように嬉しくなってしまう。
「サトちゃん、雰囲気少し変わったね?」
「え、そう?」
「前は、もっとこう...おどおどしてたけど、なんか余裕あるって感じ?やっぱ子供産むと違うんだね。旦那さんに愛されてるからかなぁ。あれ?でも結婚してたら水城じゃなくなってるんじゃないの??」
そうなんだよね、苗字は変わってない。実家のままの住所、家には父と1歳上の義母と小学生の弟と幼稚園の妹。
それに、旦那さん...嘘付くのは簡単だけど、いないのをいるっていうのは無理があるよね?
「変わってないよ...あのさ、恥ずかしいからあんまり言わないで欲しいんだけど、旦那はいないの。今いるのは実家。だから苗字も変わってないから...」
「え?それじゃ、もしかして、バツイチ?」
「ううん、シングルマザーっってやつ?」
「あ、そっか...聞かない方がいいよね?」
「うん、聞かないで。」
あたしは笑ってスーパーの籠に野菜やら調味料なりを放り込んでいく。
鍋なんかもいるかな?取りあえず100均にでも行って、購入しておこう。帰りにそっちに寄ってもらうようお願いして、一通り買い物を済ませて事務所に戻った。


「遅い!」
お腹を空かしたコノヒトはすこぶる機嫌が悪くなる。
「す、すぐ作ります!!」
わたしは台所に駆け込んで手早く準備した。鍋釜は買ってきたのをすぐさま出して大活躍。下ごしらえの準備とか時間もないのでうどん。半生麺茹でて、お出汁とって、さっと揚げを煮てきつねうどんにした。

事務所には濱野さんも戻ってきていて、打ち合わせのような会議が始まっていた。
あたしはうどんを配りながら濱野さんに挨拶し、残った小さなお椀を自分に与えられた事務机で食べようとおもってそちらに座った。
「今後の方針は最初に言った通りです。無理せず、まず今の仕事の維持です。当面事務所は変わっても番組との契約は続いています。契約も書き換えてきましたけど、変更事項など、こちらに書きだしてる点は十分留意して気をつけて下さいね。失敗やミスは赦されませんから。」
御園さんは、女性でありながらギャラクシー天野雅弘のチーフマネージャーにつくほどの敏腕マネージャーだった。とにかく頭が切れるのはいうまでもなく、その人脈の広さは、J&Mに来るまでに広告会社に勤務していた所以もあるようだった。その後音楽事務所に移り、最終的にJ&Mへ来て間もなく会社の分裂。潔くJ&Mに見切りをつけ、天野雅弘の才能に惚れ込み独立事務所を設立するのに尽力を尽くしていた。
この数週間、絶えず彼女が側にいたからあのひとは連絡が出来なかったらしい。
「それと、女性関係はもってのほかです。事務所と人気が安定するまでは一切のゴシップを立てないように!今までの会社のように守り切れませんから、いいですね?天野さん」
「…わかってる。」
素直に頷くヤツ。わかってるんなら、あたしを呼ばなきゃいいのに、何で呼んだの?大丈夫だって思ったのかなぁ...
「まあ、天野くんもわかってるさ。この世界の厳しさも、怖さも...J&Mが無くなったところで、それは変わらないんだから。」
濱野さんが穏やかな口調でそう付け足す。
やっぱり、今一番怖いのはゴシップ...ううん、真実が明かされることなんだ。
駄目だな...又当分無理ってことでしょう?いったい何年待てばいいんだろう?
いっそのこと期待せずに、危険を犯してまで側に居ず、実家で雅鷹とひっそり暮らす方がいいかもしれない。もしバレたら...それを考えるだけで怖くなる。
「ねえ、うどん食っていいっスか?もう、我慢出来ないですよぉ!」
「そうだな、戴こうか」
なっくんの言葉を合図に、ずるずるとうどんをすする音が事務所内に響く。うわぁ、雅弘さんはやっ!もうおつゆ飲んでるよ??
「お、うまい...」
「美味しい」
「うわぁ、サトちゃん、すげえ料理上手いじゃん?」
あのひとを除いた3人から感嘆の声が上がる。まあ、出汁はちゃんとカツオで取ったけどね。これも今までの努力の賜。だってご飯さえあれば何でもかけて食べるようなあのひとに、ちゃんとした味をわからせるのにどれだけかかったか...
一人だけ無反応?っておもってたら、みんなが言ってるのを聞いて嬉しそうにしてる男が一人。
あんたが喜んでどうするの?褒められたのはあたしだよ?
あ、でも...さっきと同じなのかな?身内が褒められたら嬉しいって...
「ほんと、これだけの味出せるんなら、此処での食事もしばらくお願いしてもいいかしら?道具とかもっと買ってもらってもいいから。どうせ当分マンションには帰れないんだし、きちんと食べさせておいた方がいいからね。」


御園さんにそう言われてからというものの、あたしの仕事は又増えた。
「水城さん?これよろしくね。それから、こっちは銀行に2時まで。あ、それから天野がもうすぐ帰ってくるって言ってるから食事の用意もお願い。」
そう、食事の用意まで...まるで前の飯炊き女に戻ったの如くの扱い。そしてそれを命じるのがヤツでなく御園さんに変わっただけ。そりゃわたしはまだパート扱いだからしょうがないですけどね。
うーん、だけどやっぱりわたしもこの人は苦手だ...
雅弘さんも真面目なタイプの御園さんは苦手なはずなのに、今は大人しく従っているようだった。それほど仕事面では信頼が置けるのだろう。そのあたりはあたしが口を出せるようなことではないからただ黙って従うだけ。
とにかく忙しかった。
電話の応対に、銀行回り、お茶を出したり、経費の計算など事務仕事が主だったけれども、それに加えて食事の用意だもの。
この部屋は事務所と言っても元はマンションをリフォームしたものだから、台所は完備されているし、奥に部屋があって、誰でも泊まれるように簡易ソファベッドが置いてあったし、簡易のバスシャワー付。まあ、主に泊まるのはあのひとぐらいだけれども。なっくんも自宅から通ってるし、濱野さんは家族持ち、御園さんは...泊まったりしたらやっぱりモンダイでしょう??マンションはマスコミが張り付いているから、まともに帰れないからしょうがないんだろうけれども。
「水城さん、天野の部屋から着替えとってきて貰える?買えばいいっていったんだけど聞かなく。これ、鍵だけれども、いい?わかる?」
「はい、たぶん...」
「じゃあお願いね。天野さん行きましょう。」
「おう。サト、下着類と普段着、適当でいいから」
「はい。」
愛用のコタツももってきてあげようかと言いそうになる。
あたしは鍵を渡されて(元々もってるけど)その部屋からあのひとの荷物を取りに行くのも仕事になった。前はなっくんが取りに行くように言われたらしいんだけど、無茶苦茶突っ込んでもってきて怒りを買ったそうな。まあ、いつ覗かれても大丈夫なように私物は隠してるし、出来るだけ持ち運びするようにしてたから大丈夫だと思うんだけれども。いつもみたいに地下のエレベーター使わず、正面から行くのでちょっと気が引けた。まあ、なんと言われても今は事務所の職員ってコトで通るだろうけれども。
それ以外では、スタイリストの仕事でヤツに付いていくこともあるし、事務所で電話番の日もある。
ただ以前のように二人っきりになることなんか、まずない。


「わりぃな...」
「いいよ、しかたないから」
着替えを手伝い、ヤツの髪をセットしてる時も、御園さんは片時も離れない。彼女が居ないときはなっくんだけど、仲がいい方なので一緒に話したりするから3人で、って感じ。
もしかしたら、彼女はあたしの存在を疑ってるのかも知れない、なんて思ってしまう。
事務所で女性はあたしたち二人だけ、天野雅弘に女が居るかも知れないって噂は何度か昇っては立ち消えているはずだから。その度にヤツがいろんな女性と食事したりして煙に巻いてきたはずだ。
「サト...まーは元気か?」
「うん」
時々夜に、例のプリペイドの携帯で連絡してくる。その時に子供の声を聞いてるはずだけど、まだまともに話せないから会話になってないし?あの携帯だって、御園さんに内緒でなっくんに買いに行かせたらしい。もってることもバレないように、荷物を預けるときにも御園さんにも渡さないようにしている。そこのところは男同士ってことでなっくんが味方になるらしいんだけれども。その為に事務所に誘ったんじゃないかって程。まあ、あたし達のことは気が付いてないようだけど?
「まーは...俺の顔、忘れてねえ?」
「大丈夫、テレビ見てるから。」
「...くそっ」
不機嫌な顔が余計に歪められる。本番になれば脳天気に明るいキャラに瞬時に変われる人だけれども。
そっか、やっぱ心配なんだ?でも、まーくんだけ?あたしは...心配じゃないのかなぁ。
「なぁ、この後おまえ上がりだろ?夜、来れないか...事務所に」
「む、無理だよ...御園さんいるし、一旦帰ってからなんて、余計に疑われるよ?」
ヤツの顔が少しだけ変わって、その手があたしの腰に伸ばされたとき
「終わったの?そろそろよ!」
「はい、もう行けます」
御園さんの硬質な声にびくりと身体が緊張する。ヤツの手もすんなり引っ込んだようだった。
寂しいような、ほっとしたような...
本番中のハイテンションなあいつの顔をモニター越しに見ていた。どれだけ本番前にイラついていても仕事だけはきちんとこなす人だから安心なんだけど。
「里理さん」
肩越しに声をかけられて振り向くと御園さんが居た。
「里理さんは、天野とは長いの?」
「仕事ですか?スタイリストとして5年専属でやってましたから、長い方だと思いますよ?」
「そう...スタッフも随分あなたを知ってるみたいだったから。事務所に入ったのだって『やっぱり』って言われてたでしょ?」
「そうですね、此処、スタッフ前から一緒の人もいるから...現場離れてたの1年半ほどだし。」
さっき住田くんにも話しかけられていたのを見ていたようだった。そこまでチェックするかなぁ?
「その間...子供産んでたって、本当?」
「ええ、そうですよ。」
黙っていてもしょうがないからそれは認める。
「結婚は?」
「してません。シングルマザーですから。でも、そのことがなにか仕事と関係ありますか?」
「いえ、ないけど...そう、大変ね。」
そう言い残してさっさと立ち去る。後には残り香、甘い香水の匂いがした。

やっぱ、疑われてるの??それって...女の勘?
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