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フェイク

〜最終章〜

5.つかの間の逢瀬

「雅弘さん?」
結局来ちゃってるのよね。事務所に…
いったん家に帰って、全部済ませて深夜の事務所。
『御園さんは先に帰ったから、なんか食うもの持って来い』
ってあのひとに呼び出されたってわけ。
「サトか?」
「うん、晩ご飯作ってきたよ。」
お弁当箱に今夜のおかず、真美子さん特製のコロッケと、あたしの作ったきんぴら。それからポテトサラダにアサリのおみそ汁もパックに入れてきた。それと忘れちゃいけない浅漬けに白いご飯。何せ白ご飯があればいい人だから、この人は。
「悪いな、急に頼んで。」
「いいよ、用意してあったから。」
このひとには言ってないけれども、度々うちに急に来る事が増えてから料理は一人前余分に作るようになってた。来なかったら、その時は親父さんのお弁当や、わたしや真美子さんのお昼になるだけだから。みんなの認識の中ではもう家族なんだ…
「御園さんが弁当買うとか言ったけど、インスタントでいいって言っちまった。やっぱおまえの作った飯食いたいだろ?」
何度かここで料理したけれども、本格的な料理が出来るわけでもなく簡単なものですませていた。だから、こんな本格的なご飯は久しぶりかな?今までは週に何回か食べに来てたし、泊まっていくか、それともわたしが行って晩ご飯つくって泊まるかどっちかだったから…

「うめぇっ、やっぱサトの飯が一番だな。」
はいはい、いつだってそう言ってくれるのは嬉しいんだけどんだ、その為にあたしに手を出したって思われてもしょうがないって言い方よ?まあ、そのあたりは解決してるけどさ…
まだちゃんと入籍してないことや、雅鷹の認知のことで親父さんは少し機嫌が悪い。雅弘さんのことを悪く言うつもりはないみたいだけど、待たせすぎだって…
雅鷹もそろそろ1歳の誕生日だし、物心つくまでになんとか解決していたいんだよね。だって手に入らないんなら夢見せちゃいけないと思う。それって子供には酷でしょう?それならいっそ…なんてこと、考えてるなんてこのひとは知らないだろうなぁ。

いつだってあたしは、この人の邪魔をしちゃいけないと自分の存在を隠し続けるしかなかった。大手を振って一緒に居れることもなければ、どこかに出かけることも無いのがあたりまえ。だから逢えるだけで喜んじゃう自分がいる。何かを強請ったり期待しないことにはもう慣れたけど、雅鷹にだけはこんな思いはさせたくない…
だってユニットが解散しても個人事務所が持てるほどの人気のアイドルだよ?そりゃもうアイドルっていう年齢でもないし、脱アイドルは解散したのがイイ切っ掛けになるかも知れない。元々歌よりもダンス、司会業も定評あるし帯番組も持ってる。それでも映画やドラマに出ると視聴率も稼げる、まだまだ旬な男だから、奥さんや子供がいるってNGなんだよね。
分かってて、最初は迷惑かけるつもり無くて、一人で育てるつもりで黙って産んだ。でも、見つけ出されて、再びその腕の中に落ちて、先のこと約束してくれたからいつの間にか少しずつ欲が出てきたみたい。それに、このひとも雅鷹の事可愛がってくれるし、最近じゃ父親としての自覚も出来てきたみたいだし?
だから…本当は堂々と親子にしてあげたい。雅鷹に、お父さんの名前が言えないような生活はさせたくない。それならいっそのこと死んじゃったことにするとか、テレビの中でしか知らない存在のままでいる方がいいのかな、なんて。
今の状態じゃまた当分無理みたいだから、すっぱり諦めればいいんだけど、一緒にいればいるほど期待してしまう…この半年以上の間、時間を作ってくれるこのひとと家族として過ごしてしまった時間が捨てられない。当たり前のように一緒に生活する喜び、子供を囲んで3人で、あたしの家族と一緒に大所帯で過ごすことも自然になってしまった。
それに…当たり前のように愛されるこの体も、慣れきって、離れられなくなってしまってる。
────今更、あのときのように離れられるんだろうか?
でもそのときはきっと、天野雅弘が芸能人じゃなくなるときなんだわ。
それがどんなに辛くて惨いことか、連日放送されてるストームの話題を見ていると自分たちを重ねて怖くなる。完全に乾されてしまった柏葉将くん、姿を消したって聞いてる片瀬涼くん、スキャンダルで映画まで止まってしまった大野くん。隠し子がいるなんて知られたら、きっとこの人も同じように…
「サト?どうした?」
「ううん、なんでもない。片づけるね、入れ物洗って持って帰らなきゃ、あっ…」
器に手をかけた途端に腕をとられた。
「な、来いよ…」
「だ、だ、めだよ。気づかれちゃうよ…」
「うるせぇ、オレはな、溜まってんだよっ!わかるか?もう、何日おまえを抱いてないと思ってるんだ?どれだけおまえにふれてない?そばに置いときたくて呼んだのに…触れねえ分、かえって辛ぇだけじゃんかよ!」
引き寄せられた先は彼の腕の中、あたしの鼻腔に広がるこのひとの匂いにほっと安心する。
この腕の中で眠って、目覚める…わたしだって離れてて寂しかったよ?目覚めたときの物寂しさ、温もりが欲しくて、抱きしめて欲しくって、愛して欲しくって虚しい夜をこのひとを思って自分を慰めたり…このままもう終わっちゃうのかと考えると涙が止まらなかったりした。
「あーやっぱ、落ち着く。おまえ抱いてると、ほっとする…」
「雅弘さん…」
「結構キてたんだよな…オレにとってもギャラクシーの解散は突然だったし、長年在籍していた事務所を出るのも不安だらけだった。なんとか協力してくれる人の力借りて事務所作ったけど、保証なんてないし、責任重大でストレス溜まってたし、おめえ抱けなくて欲求不満だし?それに一番はおまえとの約束守れてねえことだから…すまねぇな」
ぎゅうって抱きしめられてわかった。不安だったのは、わたしだけじゃなかったって…
この人も、ずっと不安と戦ってきたんだ。
「サト、抱かせろよ…今夜はおまえの中で、温まって眠りてぇんだ」
「うん…」
熱の籠もった視線に捕らえて、腕を引かれてそのまま奥の部屋へ連れて行かれた。

「サト…里理」
狭いシングルのパイプベッド。マンションの大きなベッドでも、私の実家の和布団でもない。
わたしが来るまで敷きっぱなしだったシーツも、洗い替えを買ってきてるし、持ち帰って何度か洗濯してもってきたりもしてるから、もしシーツを汚してもなんとかなるけれども…やっぱりここは事務所で、仕事をする場所だから、それが酷く気になる。
「やっ、やっぱり、やめとこう?ま…」
トンと、ベッドに突き倒され、そのまま覆い被さってきた彼に唇を塞がれる。慣れたキスにわたしはすぐに抵抗出来なくなって、自然と身体が反応していく。舌先が器用にわたしの口中を這い回り、そのまま私を翻弄させられる。息苦しくなって意識が朦朧となるほど息継ぎ無しのキスは続く。
こうやって、幾度も繰り返された行為が始まるだけなのに、胸が苦しくなるほど切なくなる。
本当にいいのかなって…このひとの芸能生命の為には身を引いた方がいいに決まってる。なのに決められない自分。求められて、愛される実感で身体が満たされた頃には、もうバレたらただでは済まないという罪悪感は薄れ、ただこのひとを求めるだけの女になってしまう。
ようやく唇が離された時、薄目を開けるとそこには至近距離でめったに見ることが出来ない艶のあるマジ顔した彼がわたしの目を覗き込みながら舌なめずりしてるのが見えた。
「な…に…?」
「キスぐらいで息上げてんじゃねえよ。ったく、おまえってさ楽屋とかちょっと場所が変わると嫌がってる割に興奮するんだよな?」
「え?な、なにいってんのよ!」
「なんならベッドじゃなくて事務所でヤル?」
「ば、ばかっ…んんっ」
にやっと笑った彼が再び覆い被さり、その身体の重みで支配されていく。押し当てられた下腹部の熱い塊は、彼が望む行為を主張している。そしてその高ぶりに身体を反応させている自分が居る。
いつでも受け入れられるほど彼に慣らされたこの身体は、口内を貪り合いながらも互いを擦り合わせようと婬らに動いてしまうのだから。
「おめえも欲しいんだろ?」
耳元で囁いたその舌先が糸を引き、顎から首筋へと降りていく快感に震えながら、わたしも彼の首に腕をまわし、その髪を掻き上げながら縋り付きコクコクと頭を縦に振る。
「可愛いヤツだな、おめえは…」
背中に回った手がシャツの中に滑り込んでブラの留め具を器用に外すと、カットソーと一緒にたくし上げられ、剥き出しになった胸の先に吸い付いかれた。舌先で嬲られなが甘噛みされては背中を仰け反らせてしまう。
「あっ…んんっ」
次にされることを期待して感覚が敏感になり、脇腹をなぞる指先にまで反応してしまうのだからもうどうしようもない。空いた手が腰の辺りを彷徨い、ジーンズのボタンを外してその中に滑り込んだ頃にはもうそこを溢れさせるほど濡れている。なのに下着の上からでしか触れて貰えず、それでもゆっくりと突起のあたりを擦られると甘い声を上げてしまう。
「このままじゃ下着汚しちまうな?」
そう言ってジーンズと一緒に下着を抜き取ると、それを床に放り投げた。
「おまえ、次からスカート履いて来いよな?脱がせんのに時間掛かるから」
荷物あるから自転車で来たのに…無茶苦茶言うんだから、このひとは!
「文句言いたそうだな?まあ、いいや…」
言い返そうとした瞬間、無防備な下半身へ顔を埋められ、濡れたそこに吸い付かれ、言葉を飲み込んでしまう。
舌と唾液でたっぷりと湿らされたそこに、彼の指先がつぷりと飲み込まれていく。
その指が内側から掻き回し、知り尽くされたその中を擦り上げられるともう逃げられない。身体は完全に堕ちていた。
「あぐっ…んあぁ」
「声デカイと誰かに聞かれるぞ?」
「ひっ…ん」
漏れる喘ぎ声を急ぎ飲み込んで必死に堪えるけれども、乱れた吐息を抑える事なんて出来ない。
「やっ…はぁぁ…ん、やぁああ…」
覗き込んでる彼がにやりと笑ってる。それほど彼の思うがまま乱されていた。
「おまえはいつだって口じゃ嫌っていうんだよな?けど、ここはそんなこと言ってねえ…なんかこういうの久しぶりだな?」
久しぶり…そうだね、お互いの部屋という安心出来る場所とは違って、昔のように人目をかすめて触れあった日々を思い出す。確かに『嫌』と口にしても、身体は嫌と言えなかったあの頃。自分はただのその場しのぎの性欲の捌け口だと思いこんでいた。便利な家政婦だとも…
惨めな状況でも、この人に触れられると逃げられなかった。身体は欲しがって、自分でも辛くって苦しくて、なんども隠れて泣いていた。
「サト、何泣きそうな顔してるんだ?」
「なんでも…ないよ」
「いやか?こういうのは、やっぱ…」
珍しく心配そうな顔して覗き込んでくる。
そう、前ならお構いなしに抱いてきたくせに、最近はこうやってわたしの表情を読んでくるんだもの。
もう昔とは違う。わかっているんだけど…この人の優しさも、強さも、弱さも。
「嫌じゃないよ、わたしだって寂しかったから…でも、」
「でも、なんだよ?」
その指先が額にかかるわたしの髪をゆっくりと払う。強気な言葉とは裏腹に、不安げに揺れるその眼差し。わたしだけが見ることが出来る、彼の弱気な一面。
「言えよ…黙ってまたいなくなるとか、そういうのはもう無しな?もう、失いたくないんだよ。おまえも、雅鷹も…親父さんや美衣ちゃんら、おまえの家族も全部。無くすときって、ホント一瞬で…あっという間に目の前から消えちまうんだ。絶対とか永遠って事がないことも知ってる。いつか無くす日が来て、形を変えて存在していくことも。けど、な…今の俺は、目一杯強がってるけどさ、やっぱ、おめえがいねえと、駄目なんだ…実感させてくれ、俺にはおまえがいるんだってことを。」
くしゃりと潰れる表情がわたしの胸元に埋もれていく。熱いと息が胸元にかかり、たくし上げたカットソーの布越しには濡れた感触が伝わる。
この人の抱えた不安、誰にも変わってあげられることはできない。覚悟していたとはいえ、長年組んできてたユニットを突然解散して、それぞれ別の道を選んだギャラクシーのメンバー達。五人で分散してた責任も、人気も仕事も、全部これから一人で背負っていかなきゃならない。それをリーダのこの人がこなしていかないと他のメンバーにも、前の職場をやめてまで付いて来てくれたスタッフにも不安を与えてしまう。だからこの人はいつだって軽口で俺様な口調で周りを安心させていたに過ぎない。
それにたぶん、リーダーとしてあの個性的なメンバーをまとめてきた彼が、最後になにも出来なかったことを悔やんでいるんじゃないだろうか?見た目のいい加減さとは別で、他のメンバーのことにもすごく気を回していた。今までわたしや雅鷹のことよりも、メンバーや仕事を優先してきたからこそ、認知も入籍もストップしたままだったのだ。もちろん、今はわたしたちのことも気にかけてくれている。だからこそ、何も出来ない現状に苦しんでるんだ。焦れて、不安に襲われて、わたしを求めてくれてる。それが嬉しかった。唯一その存在になれた自分が…
「わたしは、ずっとそばにいるから…あなたがいらないって言う日が来るまで」
「そんな日、来ねえよっ!俺は…無くしたくないもの、見つけちまったんだから。全部無くしても、おまえだけは無くならねえだろ?どっちかの命が尽きるまで…違うか?」
「それって…」
まるでプロポーズか、永遠の愛の誓いのような言葉だよ?
「俺は、これからの仕事では誰にも迷惑かけねえ。俺が自分を生かしていくんだ。これからは、仕事は俺の生き甲斐でもあるけれども、おまえと雅鷹を養っていく手段なんだからな。その為におまえらを手放したりなんかしねえから、わかってるな?どこにも行くな…サト」
「行かないよ、もう、いけないよ…」
そんなこと言われたら、もう離れられないじゃない?
わたしは離れた方がいいかなって考え方は捨てた。堕ちるときは一緒に、だよね?そっちの覚悟しなきゃいけないんだよね?
不安だったのは、わたしだけじゃなかったんだ。
寂しかったのもわたしだけじゃなかったんだ。
この人も、苦しんでたし、わたしを求めてくれていた。
わたしは彼の髪を何度も撫でて、雅鷹と同じ形したその柔らかなつむじに唇を押し当てた。
「離れないから、わたしは、ずっと…だから、抱いて?あなたのモノだって、もっとわからせて…」
「ああ…サト。久しぶりだから、俺…壊さないようにすっけど、自信ねえぞ?もう、おまえが欲しくてたまんねえんだからなっ」
わたしの胸からあげたその顔は、真っ赤な目で照れくさいのか、すごく怒ったような顔でわたしを睨みつけながら、また眉を寄せて一瞬苦しそうに唇をかみしめてから唇を寄せてきた。
噛みつくような激しく求められるキスを受けて、すぐに息が上がるほど吸い上げられた。着ている物全てはぎ取られて、彼を迎え入れる準備のできたそこに彼が彼自身を埋め込んだ瞬間もキスは続いていた。不安を掻き消すように、どこもかしこも繋がっていたくて、互いを確認しあうように触れあっていた。
「くっ…はああぁ、あったけえ…サトの中…俺のこと、こんなに欲しがって、ヒクついて、絡んで…」
「ん…欲しいよ、全部…雅弘さんが、欲しいの…」
自分が彼を締め付けているのもわかるほど、彼の全部が欲しくて身体全体でおねだりしていた。
「いっぱいやるから、俺を…長いこと俺をほったらかしにしたらどうなるか、おめえが一番知ってるよな?」
「あっ…ん、だめぇ、ここじゃ…」
「俺はこうやって抱きたかったんだ。仕事モードのおめえを前にしても、触れられねえなんてクソだよ、クソ!こうやって、いつだってサトを抱いていてえんだぞ?なのに、俺にストップかける気か?」
ぐいっと身体を折りたたまれ、突き上げる腰の動きを激しくしながら彼がスパートをかけるのが分かる。
「あ、もう…だめっ、そんなにしたら…はぁあん、イッ…ちゃう…!!」
攻められれば攻められるほど感じていく内側の快感が爆発しそうになり、思わず身体全身に力がこもり、力を入れたせいで尚更感じる内壁が彼の存在を鮮明に感じ、締め付け、絡んでいく。
「くっ、サト…里理っ!!!」
「やぁああああ…」
「中、いいか…このまま…もう、出るから…抜きたくねえんだ、よぉ…」
「ん、いい…このまま、欲しいのぉ!!」
ピルはもう飲んでなくて、うちでするときはちゃんとゴムを使っていた。
だけど、今日はなんの隔たりも欲しくなかった…それに、たぶん…
「くううっ!サト…っ!!」
腰を震わせてわたしの中に注ぐ時の気持ちよさそうに喘ぐ彼の表情。誰にも見せたくない、わたしだけの男。注がれる熱さとその表情でさらにイキそうになってしまうほど、自分でイッてくれた歓びで身体が震え余韻が増す。
「里理…愛してっから…」
「ん…」
夜はまだ終わらない。
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