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フェイク

〜最終章〜

6.帰れない夜

余韻が消える前に再び揺すられ突き上げられる頃には何も考えられなくなっていた。
「覚悟してきたんだろ?そんなにすぐには帰して貰えねえって…」
「んぁあ…ん、はっ、はっ」
返事なんかできなくて、ただひたすら目の前の胸にすがりつくだけ。
「ったく、これで子持ちの女かよ…そういう顔は、かわんねぇな、全然」
身体を起こされて、快感に身を任せながら、いつの間にか目を閉じていたから両の頬を挟み込まれたことにも気が付かなかった。
「里理、目開けとけよ?」
「んんっ!!」
合わされた唇の隙間から舌が差し込まれ口内までも犯される。上も下もいっぱいにされて逃げられないまま抱きしめられていた。必死で目を開けて、目の前の真剣な目を見てると胸が苦しくて、角度を変えるたびに視線が揺れてもただひたすらわたしだけを見つめているその目。
言葉にしなくてもその目がわたしを欲しがっている。
寂しいって訴えてくる目。
ごめんて謝ってくれている。
愛してるって言ってくれている。
今はそれだけでいいから、だから、抱いて…
憂いのない眠りをあなたにあげたいから



いつもなら抱かれたあとは、そのままその腕の中で眠っていた。
だけどこれからはそんなわけには行かない。だから2度目が終わったあと、抱き寄せてくるその腕をそっと押しのけた。
「帰らなきゃ…」
「ああ」
このひとも判ってるんだ。一時の快楽ですべてを失う怖さを。
衣服を身に着けて、シーツを丸めて紙袋に詰め込んだ。夕食をつめてきたパックもしまいこんで帰る準備完了。
あれからすでに2時間半は経過している。
このひとにとっては全然足らないと思う。必死ですがった時間はもう通り過ぎてしまって、どこにも残っていない。
互いに無言で身支度を終えるとわたしは事務所へのドアに手をかけた。
「じゃあ、帰るね。」
「サト、」
「なに?」
ベッドに座ったままうつむいて、まるで捨てられたこどもみたいな顔してないでよ。らしくないんだから…
「ごめんな」
言わなくていいのに、そんなこと。聞けば余計に辛くなるだけなのに。
「いいよ、わかってる」
当分こんな関係が続くのだということ、入籍も認知もまた先の話だという事実を考えたくないけれども、それはもうしょうがないこと、そう思うしかないから。
わたしは部屋を出て、事務所の鍵を閉めて外に出た。
夜の風が心地よかった。
行為で疲れた重い身体を引きずり、自転車に乗って家路へと向かう。帰宅したわたしを待っていたのは親父さんの少し怒った顔だった。


「帰ってきたのか?」
「うん、ただいま…」
「こそこそと逢って帰ってくるなんて…それでおまえはいいのか?」
「……」
その声には苛立ちが混じっている。
「約束、まだ守れないんだろう?」
「うん…」
「いったいあいつはなにを考えてるんだ?おまえのことだって、妻として手伝わせてる訳じゃないんだろう?」
「それは…そうだけど。しょうがないじゃない。今のあのひとには、わたしみたいなのでも必要な存在なんだよ。今まで一緒に仕事してきたから。」
「そんな都合の良い使い方、いい気はしないぞ!」
「うん、ごめん」
判ってる。親父さんが言いたいことも、心配する気持ちも。
隠れて付き合う辛さ、身体だけの関係を続けて、子供を身ごもってこの家に逃げ帰ってきた馬鹿な娘を怒りながらも優しく迎えてくれた人だった。
だけど、帰ってきた当初のわたしを見てるから…
あの当時のわたしは、親からすればあきれるぐらい情けない娘だった。男に弄ばれて、孕まされて実家に逃げ帰ってきた馬鹿な女の典型で、お腹の中に居た雅鷹が動いて励ましてくれなかったらきっと泣いて落ち込んで最悪だったと思う。そのくせ子供は産むと息巻いていながら、実際親父さんや真美子さんの協力無くしてはまともに出産育児なんて出来なかったと思う。
そんな娘を心配しない親が居ないはずはない。
だけど、その後現れた父親は今をときめくトップアイドルユニットのリーダーで、すぐには入籍認知も難しいと、とにかく待ってくれと言いながらも、自分の家に足繁く通ってきて家族同然の存在になった。もう少し我慢すれば娘と孫を陽の当たる場所に連れていってくれるものと信じていたからこそ親父さんだって黙って迎え入れてくれたんだ。
だけど、また振り出しに戻ったってこと、親父さんにも判ってる。
「だったら、もう…諦めた方がいいんじゃないのか?」
入籍も、認知もってことだよね?そりゃ、わたしが本当に望んでいることは雅鷹が健やかに育てられる環境で、それが得られないならそんな物無くてもいいと思ってるし、親父さんもいざとなれば自分が養っていく、そのぐらいの覚悟があって娘の出産に同意してくれたのだから…
誰の子とも判らない子供を孫と腕に抱いた時の決意は変わっていないのだろう。
「いっそのこと、もう…逢わないほうがいいんじゃないのか?同じ職場にいても辛いだけだろう?こんな風に夜遅く逢いに出掛けて、帰りに送ってくることも出来ない、そんな無責任な付き合い方。子供にも会いに来れない、いくらなんでも酷すぎるだろう?」
「いいのよ。まだ逢えるだけマシだもん。そりゃね、入籍や認知なんて当分無理だって諦めてる。けど…あの人も今は責任大きくって、辛い立場なのわかってる。だからこそ、今は側に居てあげたい。」
「里理…しかし、」
「わかってる。親父さんには本当に迷惑かけるけど…もうしばらく、ううん、もしかしたらこの先ずっとになるかもしれないけど、この家にいてもいい?」
「ああ、もちろんだ!可愛い娘と孫を放り出したりはせんよ。だが、それでいいのか?あの男は…」
「あのひとはアイドルだから。最初からわかってたことだし…一時的に期待しちゃったけど、また元に戻っただけだから。前と違うのはたまにこうやって逢えることと、あの人の気持ちちゃんと貰えてるから、だからそれでいい。」
「そうか…おまえがそう言うんならもう何もいわんよ。もう遅いから寝なさい。真美子がおまえの部屋でまーくんと添い寝してやってるから、交代してきなさい。」
「ありがと、親父さん…いい奥さん貰えて幸せだね。」
「何馬鹿なこと言ってるんだ、早くいけ!」
「うん、おやすみなさい。」
年の差こそあれ、最初は真美子さんに強引に押されて、折れた親父さんだけど、そのぐらいで良かったんだよね。でないと教師だからとか、教え子だからと自分の心に蓋をして、頑なに拒み続けただろうから。あの堅物は。
わたしのことも、若い奥さんのおかげで柔軟に対応してくれてるしね。

二階の部屋に戻ると真美子さんが本を読みながら待っててくれた。
「お帰り、哲さんに説教された?」
「うん、された。」
「…そっか、無理しないでね。」
「ありがとう、ね。」
応援してくれている。誰よりもこの人が一番今のわたしを助けてくれている。歳の変わらない姉妹のような義理の母娘だけれども、今はこの人の存在がありがたかった。
「いいのよ、好きな人と一緒にいたい、その気持ちはよく分かるもの。わたしもやっかいな人に惚れちゃったけど、里理ちゃんも凄い人相手にしちゃうんだから…大変なのはわたし以上でしょ?わたしもこの家に来た当初ずいぶん助けてもらったから。だから、気にしないで。恩返しって言うよりも娘と孫のためだから。」
「真美子さん…」
「良かったわね、若い義母で!若くで子供産んでるから体力有り余りよ、こっちは。」
「ほんと、真実子さんの子供でもおかしくないものね〜でも、当分ここ出れそうにないけどいい?」
「いいよ。ほんとはさ、あのひとまーくんのこと自分の籍に入れて子供として育ててもいいって思ってるんだよ。そうすれば、いつでも里理ちゃんは自由になれるし、まーくんにお父さんとお母さん用意してあげられるって。血は繋がってるんだしね、家の子達とも兄弟として一緒に育てられるよ。でもあの時、里理ちゃんからまーくん引き離すことできなかったから。唯一の拠り所だったでしょう?そのうち天野さんがうちに来て、そんなコトしなくてもいいって思ってたけど、哲さんまたそのこと言い出して…だから、ごめんね、きつい言い方してたでしょ?」
「しかたないもの。またこうやってこそこそと逢うようになって、まともに行き来も出来ない状態で…当分は仕事のために色々我慢しなきゃいけないことだらけで、あのひとの方がすり切れそうだからね。せめてわたしぐらいはあのひとを支えてあげたいから。」
「じゃあ、わたしに出来ることがあったら何でも言って?頼りないけど、これでも母親としては先輩だし、家族なんだから。」
「うん、ありがとう…お、義母さん」
その夜、はじめて真美子さんのことを母と呼んだ。
その途端彼女は泣き出して、親父さんを呼ばなきゃ治まらないほど、わたしを抱きしめて泣き続けていた。

親に心配かけて、迷惑かけて、何やってるんだろうね、わたし…
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