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フェイク

〜最終章〜

7.怖い視線

何日か毎に呼び出されて、夜の事務所に出向くことが増えていた。
駄目だと思うんだけれども止められない。わたしもあのひとも…

「ごめんね…」
「イイよ気にしないで、うちの子達もまーくんといっしょって楽しんでるし。」
その度に義母に子供を預けて出掛ける。そして夜中に帰宅…勿論親父さんはいい顔をしない。
はーっとため息。こんな時間外ばかりだと身体がだるいし、寝不足にもなる。
だけど…


「サト、サトっ!」
今夜も事務所のシングルベッドに縫いつけられて、後ろから激しく腰を使われていた。
「んっ、やっ…んっ、はぁっ…」
避妊具は自分で買ってきた。つけて欲しいと言ったら思いの外素直に使ってくれたけど、行為の方は容赦がないのはいつものこと。
「やじゃねえだろ?イイくせに…気持ちよくてイキそうなんだろ?そろそろ締め付け凄くなってるぞ」
「ふっ…んんっ」
ストレス…だろうか?前もそうだったけど、鬱憤晴らされてる様な気がする。だから以前もこのひとの気持ちが読めなかったのを思い出す。
けれども身体は正直で、触れられれば濡れるし、すぐにでも迎え入れてしまう。攻められれば喘ぎ快感を身体が貪る。駄目だと思っていてもこの行為が止められない。
「あぁぁっ、イっちゃうっ…」
「くっ…俺も、サトっ!」
ビクビクと震える自分の身体、交わった部分が激しい水音を響かせた後、擦りつけるような彼の腰使いに小さな喘ぎが加わる。
薄いゴム越しに本日3度目の放出を迎えた彼はそのままわたしの身体に全部預けてベッドに倒れ込む。男性にしては小柄な方だけれども、さすがに全体重かけられると重い。
「んっ、苦しい…」
「わりいな、また無茶しちまった」
ゆっくり身体を起こしながら避妊具をはずすとシャワーを浴びると言って部屋を出て行くのを見送る。
文字通り、ぐったり…
動けないけれども時間はもうすでに2時を回っている。
「おめえも浴びるか?」
「う、うん…」
このままじゃ帰れないと思いシャワーを浴びるけれども、その間もやっぱり罪悪感は拭えない。
このまま、こんなことして茶駄目だよね?

「ねえ…」
「ん?」
ベッドに仰向けになって今にも寝そうな声であのひとが返事をする。
「仕事には来るから…夜こうするの、止めない?」
「んあ?なに言ってんだよ…俺を欲求不満にさせる気か?溜まらせるとひどい目に遭うのはおまえだろ?そんなこと判ってるだろうが…」
判ってるけど、こんなこと続けてちゃいけないと思う。誰かに知られたらってそればかりが気に掛かる。それなのに何でこの人は平気な顔してるんだろう?
知られても平気?そんなはずは無いよね。

気にしすぎなだけじゃない、なんかね…怖いのよ、視線が。
御園さんの視線が、日に日にキツくなっていく気がするの。だから、怖い…



「あら、水城さん…それ、キスマーク?」
「え?」
事務所でデスクワークをしていると、出掛ける前の御園さんに首の後ろを指差されて、慌てて押さえて隠した。たぶん昨夜、ううん今日の明け方に彼につけられた痕。
「未婚で子持ち、その上それじゃ身持ちが悪いとしか思えないわよ。パートでも事務所の一員なんだから気をつけてもらわないと。」
「す、すみません…」
身持ちが悪いって、そんな言い方されても反論も出来なかった。

そう、だよね…結婚もしてない女が子供産んで、男いますって印付けてきた日には文句の一つも言いたくなるだろうけど、別に人数不特定なわけでもなんでもない。ずっとあのひと一人だけで、本当なら、籍入れてたら夫婦なわけで、誰からも祝福されるはずの物で…悔しいな、でも言い返すことも出来ない自分がもどかしい。
「うっ…く」
知らずに涙が込み上げてくる。御園さんはもうとっくに仕事に出たから、事務所には留守番のわたしだけのはずだったんだけど…

「サトちゃん、大丈夫?」
「な、なっくん??」
急いで涙を拭いたけれども、見られたかな?
「酷い、言い方だったね、さっきの。」
「う、うん。言われてもしょうがないよ…」
結婚してないのも事実だし、キスマークつけられてるのに気が付かなかった自分も馬鹿。
「御園さんってさ、潔癖なところあるからさ…」
「そう、なの?」
「うん、聞いた話だけどね、前の広告会社ではクライアントに身体の関係迫られて会社辞めたって聞いてる。だから年配の男の人とかには嫌悪感持ってるよ、アノヒト。だからさ、その…妻子持ちと不倫してるっぽいサトちゃんにはキツく当たってる方だと思う。」
「え?不倫??」
「ちがうかな?でも、子供出来ても結婚してないって、そう言うことだと思われてるよ。だってさ、急に辞めたときも結婚退職だって聞いた時は、ああ、仕事辞めて幸せになるんだなぁって、思ってたんだぜ?なのにさ、天野さんが引っ張ってきたら未婚だっていうから…不倫だったんじゃないかって噂でさ…でも、違うよね?」
わたしは違うと首を振って否定した。
「不倫じゃないけど、事情があって、入籍も認知もしてもらってないから…あんな風に言われてもしょうがないと思う。でも、やましい事なんて、してない…」
「だよな。サトちゃんってそういうとこちゃんとしてるしね。だからかな、サトちゃんは天野さんにこき使われてたけど、それって天野さんの信頼度じゃん?あの人信用してる人ほど我侭言うからさ。だからある意味御園さんにはまだ心開いてないと思うんだよね。すっげえビジネスライクでしょ?」
そうかな…でも、そんな人をそばに置くだろうか?信用してるからこそ、一緒にやってるんだと思うけど。
「それにさ、サトちゃんも御園さんもだけど、二人ともおんなじとこは天野さんに全然媚びないとこなんだよね。やっぱ女出して媚びられるとオレらやりにくいからさ。」
そりゃそうだろう。今までの付き合いの中でも、仕事中人前でそんな態度は取ったことがない。というか、普段でもないよね?どっちかっていうとあのひとが一方的に甘えてきたりするぐらいで…
「サトちゃんはさ、そんななのに天野さんと仲よかったでしょ?それでこうやって呼び戻すところ見たら、天野さんの信用度は高かったてことでしょ?付き合いの長さはオレら御園さんとは比べ物にならないから…その何が言いたいかって、つまり、気にするなってこと、ね?」
「ありがとう…ごめんね、なっくん」
「オレに謝られてもね…いっそのこと、そのキスマークオレがつけたことにしちゃう?ふざけてつけましたって!」
「もう、なっくんたら」
笑わせてくれようと必死で話してる。こういうとこ前と全然変わってない。
「ありがとうね、楽になったから…」
「そう?じゃさ、気分転換にもう一個、今日の仕事帰りに飲みに行かない?」
「え、飲みに?」
そう言えば昔はあのひとも加えて3人で行ったり、もっと大人数で出かけてたっけ。
「そうそう、ぱーって飲んで忘れる。ついでに、その…不倫とか、実らない系のなら踏ん切っちゃえよ。そんでもって、昔天野さんにがんがん言ってた頃みたいに元気になってよ。」
「なっくん…」
「なんか悩んでるんでしょ?いつも暗い顔してるし、天野さんとも昔みたいにやり合わないしさ、御園さんにだって、あんなこと言われて隠れて泣くなんて、サトちゃんらしくないよ。」
あたしらしくない…確かにそうだ。前は遊びで抱かれてると思ってても、仕事目一杯だったし、職場では普通にしてた。あの頃はそれなりに幸せだったんだよね、きっと…
「じゃあ、決まり!行こう。」
「でも、わたし子供がいるから遅くまでは…」
「そんな遅くまで付き合わさないよ。ご飯食べながらでもいいじゃん?」
「もしかして…なっくん、彼女今いないとか…?」
「……振られました、J&M辞めたときに。」
「ええっ!ほんとに…」
「ほんとに。だから付き合ってくださいよぉ」
と、まあ可愛くお願いされて結局断れなかったわたし…
仕事が終わって一旦帰ってから出掛けることになったんだけど、いいよね?

「ほんとに、酷いもんですよ…そんなに名前が大事ですかね?天野さんのとこに行くって決まってから忙しくしてたらその間に『さようなら』ですから、ほんとにもう…もしかしたら、J&Mの誰かと知り合いになりたかっただけなのかなって思っちゃいましたよ。」
なっくんは赤い顔して既にほろ酔い加減。居酒屋なんて久しぶりだ。子供が出来てからお酒なんてまともに飲んだこと無かったし、友人と出かけることも無くなったから。
誰と付き合ってるかも、誰の子を産んだのかも言えないって、結構辛いもので、友人にいくら聞き出されても答えることが出来なかったし、信用されてないって怒らせるのが関の山だったものね。
「そっか、残念だったね…」
「オレもう、若い女の子はパス!落ち着いてしっかりした姉さん女房探しますよ。」
「そうだそうだ、頑張れ!なっくんならいい娘見つかるよ。」
「ほんとにそう思います?」
確かわたしが泣いてて励まされてたはずなのに、いつの間にか励ましてる?まあしかたないか、年下だしね。
「あ、そろそろ帰らないと…なっくん、ごめんね。」
11時を回りかけたので席を立つとなっくんが伝票を持ってにっこり笑った。
「オレの奢りです。愚痴聴いてもらったし、サトちゃん励ますつもりだったから。」
まあ、正社員さんとパートだし、いいかなと思って『ごちそうさま』と笑顔を返した。


「送りますよ、家まで。近くなんでしょ?」
「う、うん、でもいいよ。自転車だし?」
「自転車お酒飲んだら乗って帰っちゃ危ないですよ。オレがついて帰りますから。こんな遅くに女の人一人でなんか帰せませんよ。」
「そ、そう?あ、ありがとう…」
慣れないな…あのひとに送ってもらうとしたら車だし、飲んでたら無理だからタクシーか電車。こんな風に歩いて送ってもらうなんて事無かったなぁ。
考えれば考えるほど特殊な関係。普通のことなんてほとんど無かったなぁ…夜でもサングラスかけてたり、夏祭りの時はお面被ってたりの恰好でなら一緒に歩いたことはあったけど。
「ねえ、サトちゃん。」
「ん、なに?」
「今付き合ってる人とさ、別れてオレとつきあわない?」
いきなり…なに?
「ど、うしたの、なっくん?」
「泣いてたサトちゃん見てて、その方がいいんじゃないかなって思って…」
「今のサトちゃん全然幸せそうじゃないよ?だったらさ、オレとつきあおうよ。勿論軽い気持ちじゃなく、先のことも考えて、なんだけど…オレももう付き人だけやってた頃のオレじゃないし、子供付でもサトちゃん一人ぐらい養えるんじゃないかなぁって思ったりして。どう?結構お買い得だと思うよ、オレ。独り暮らし長いから料理は下手だけど掃除と洗濯ぐらいは出来るしさ。って、なに売り込んでるんだよな、オレ…酔ってるけど言ってることマジだから。」
「酔ってる、よ。マジなんて、こんな子持ち相手におかしいよ?…あっ」
がしゃんと、自転車の倒れる音がした。
「な、なっくん…離して」
街灯の下、いきなりなっくんに抱きしめられていた。背の高い彼が少し屈んで、その唇が耳元まで降りてきた。
「誰が、サトちゃんの相手か…オレ、知ってる…」
嘘??まさか、気が付いてるの??
小さく囁かれたその言葉に、わたしは身体を強ばらせ、呼吸が止まりそうだった。
「オレ、前々から気が付いてた…付き人歴長かったし、二人のことずっと見てきた。でもさ、もう無理だろ?あの人はまだまだこれからで、頑張ってもらわなきゃオレたち食いっぱぐれちまう。別れてさ、事務所も今のうちに辞めなよ…オレだったら、って今までも何度も思ってたから、だから…」
どう、すればいい?言ってることは判るけれども、でも…
「なっくん…無理だよ…」
ゆっくり離される身体、なっくんがどんなつもりで言ってくれてるのか判らないけれども、このままじゃ駄目なのも判ってる。今の私たちの全ては、天野雅弘の成功で、その為にもスキャンダルは御法度なのも、全部…判ってる。
でもね、別れられないのはわたし。あの人以外だめなんだからしょうがない。
「あの人が納得しない?でもさ、マスコミにバレたら最悪だよ。今の状態じゃ最悪干されちまう。もうJ&Mはないんだ。ストームみたいに、二度と浮上出来なくなってもおかしくない。オレはあの人についてきた時点で全てをかけてるんだ。だから、もし子供の認知とか必要だったらオレがやるから。あの人の替わりにオレが残部やるから。サトちゃんの事も、オレが全部面倒見るから!だから、別れた方がいい…イヤ、別れて欲しい!」

衝撃のプロポーズ?というよりもこれは釘さしなのかな…
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