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フェイク


「ねえ、よかったら、まーくんあたしが見てて上げるから、仕事復帰したら?」
雅鷹、通称まーくん、あたしが産んだ息子。へへへ、可愛いでしょう?
「え?いいの??」
真美子さんの嬉しい申し出。だって、このままじゃね?
なんだかんだと5年間、天野さんの家政婦をやってたおかげで、自分の荷物置いてる部屋の家賃と基本料金だけで済んだ。たまに『来るな』って追い出されてたけど、まあ、知れてたから。食費とか光熱費はほとんど使ってない。その分貯金も溜まってたから、すぱっと仕事やめてもやって行けたんだけど、あたしと雅鷹の食いぶちまでオヤジさまにお世話になるわけにはいかんでしょ?だから働きに行けたらなって思ってた。
「だって、もったいないよ〜せっかく頑張ってたのに。うちの子はもう保育所行ってるから手がかからないし。あたしは卒業して仕事せずにすぐ結婚して、主婦しちゃってるから、手に職付けてる里ちゃんが羨ましかったんだ。里ちゃんてさ、何でも出来たじゃない?ここをさっさと出て行ってもやっていけるだけの力持ってて、いつもしっかりしてて、先生...哲さんの自慢の娘だったんだよね。それがさ...急に帰ってきてびっくりしたけど、何にも聞かないでって、里ちゃんが言うならよっぽどなんだろうって、哲さんが...だから何も聞かずにいようねって。それで、もし、仕事に戻りたいって言ったら、全面的に協力してあげようって話しあってたんだよ?だから、さ、仕事もう一度初めて、決着付けてくれば?」
「え?」
「仕事場の人なんでしょ?まーくんのおとうさん。それも付き合い長いんじゃないかな?あたしね、何度か里ちゃんのアパートに電話したり、遊びに行ったことあったんだよ。でもいつも居なかった。何日か帰ってないような日もあったじゃない?アレって、仕事だけでなくって、里ちゃんにカレシ出来たんじゃないかなって思ってた。いつか紹介して貰えるんじゃないかなって、義母として随分楽しみにしてたんだよ?」
「......ごめん、親不孝だよね、あたしって...」
「うん哲さんも、ホントは相手の男に怒鳴り込んでいきたいほど怒ってる。身重の女一人面倒見れない男なんてって...でも、『自分はずっと里理に何もかも任せっぱなしで、何にもしてやってないから』って、あたしの時も出来ちゃったでしょ?だから、えらそうなことは言えないだけなんだよ。」
「うん...」
オヤジさまにも心配かけてるんだ。言わないだけで、ごめんって心の中で謝る。
「相手の人って、言えないような人?」
「うん、たぶん一生言えない人。ごめんね、初孫がこんな形で出来ちゃって...」
「いいよ、まーくん可愛いからさ。将来楽しみだね〜イイオトコに育ちそうだったら、J&Mにでも入れてアイドルにしなきゃ、ね?」
「あはは、それは...絶対にない...あそこはさ、結構厳しいし、アイドルになれるのなんてほんの一部の人だけなんだよ?」
「ふうん、そうなの?」
一瞬どきっとしちゃったよ。だってその中心にいる人の子どもなんだもの。だから、言えない、一生...まーくんごめんね?おとうさん教えてあげれなくって...
「うん、そう言う人たちと一緒に仕事してたから。別世界の人たちだよ...」
そう、と微笑みながら真美子さんがまーくんを見て笑った。



あたしは久々に白井先生に連絡を取った。
「え?里理ちゃん??嘘...もう無理だって思ってたのよ、ほんとに?復帰してくれるの??とにかく急だったでしょう?心配してたのよぉ。そっか、実家にいたの...復帰してくれるのはすごく嬉しいけど、また助手からの再スタートだけど、それで構わないんなら...」
「構いません!!じゃんじゃんばりばり仕事しなきゃいけないんです!お願いします。」
あたしは一からやり直すつもりだった。わずか半年でも流行が判らなくなってしまってるんだから。
仕事初めて6年目、天野さんと出会って5年、離れて半年。頑張るぞと力を入れて先生のところに通い始めた。



「よお。」
げっ...先生の事務所でお留守番してると、いきなりご訪問。
天下のギャラクシー・リーダーの天野雅弘ご本人...
何で、本人がスタイリストの事務所になんて来るのよ??
「あ、天野さん...お久しぶりです。」
まあ、元担当だから挨拶ぐらいは...ね?
「担当の奈美ちゃんから、復帰したって聞いたんだぞ、こら。」
「あ、はい...一から出直してるんです。よろしくお願いします。」
一応、他人行儀だけど、挨拶。あっちはスターなんだし...ってホントは逃げ出したいほど足がくがく。
睨んでるんだもん。
笑ってるけどすっごく睨んでる。
ズカズカ入ってきて、ソファにふんぞり返ってる。相変わらず、あたしだけだとホントに態度でかい...
「えっと、事務所にはいま先生は居ませんけど...」
「誰に会いに来てやってると思ってるんだ?」
「はあ?」
またえらそうに...相変わらずだけど。
「先生に、じゃないんですか?」
「馬鹿か?おまえ!!」
「馬鹿って、何よっ!鍵ならちゃんと返したでしょ?身体こわしたから、仕事辞めて実家に帰るってメールもしたし、荷物も全部まとめて持って帰ったでしょ?ぬか床もちゃんと冷蔵庫に置いていったじゃない!何にも文句言われることない!馬鹿って言われる覚えもない!」
「オレは、鍵返せなんて言ってねえ!ぬか床があったって、アレ混ぜるおまえが居なきゃ腐っちまったに決まってるだろ!実家に帰るって言っても、どこに実家があるのかもおまえ教えなかった。」
何言ってるの?何で教えるのよ?そんな...ヤバイでしょうが。
「当たり前です。天野さん聞かなかったじゃないですか。」
「聞いただろ、何度もどこにいるのか!電話にも出ねえ癖に....」
「その度に、実家って送りました!」
最初だけ送ってたんだ。返事。でも臨月間近からそんな暇もなくて、電源切りっぱなしで...
「いつまでたっても帰ってこない...奈美ちゃんがさ、サトは結婚退職したって言うしよぉ、なのに職場復帰ってことは離婚しちゃったのかなってさ...おめえいつ結婚したんだよ?ん、オレに断りもなくかぁ?」
「はあ?結婚って...ホントにそうなら、みんなからお祝いふんだくって退職します!体調が悪かったから、やめたんです。それに...天野さん、一度だって帰ってこいなんて言わなかったじゃないですか?」
「...うるせ、何でオレがそんなこと言わなきゃなんねえんだ?」
「...はいはい、言われてません。何にも言われてません。いいじゃないですか、あれからもう半年もたってるんですよ。新しい家政婦さん見つかりました?」
「なっ...家政婦?」
「そうですよ、便利だったでしょ?掃除して、洗濯して、ご飯作って、一緒に仕事して、おまけに、えっちもしてくれる、我ながらよくもまあ、そんな便利な女の役を5年も続けてたと思いますよ。」
「サト、おまえそんな風に...」
「だって...」
言っていいかな?
ずっと言えなかった台詞。
「一度も好きだって言われたことない。」
「サトも言わなかったぞ。」
「言えるわけないでしょ?家政婦扱いされてるのにぃ!!」
「...してない、そんなの」
「してました!!それでもよかったんだけど...もう、限界来ちゃったから...天野さんが、おいしそうにご飯食べてくれたらそれでよかった。天野さんが、あたしを抱いてくれるだけでも、よかった...」
他には何も望まなかったのに...
ずっと、あんな夫婦のような生活が続くと思ってた。5年続いたんだから、10年でも20年でも続くかなって思った。
堪えてたのに...もう大丈夫だって思ってたのに...
あたしなんか、もう覚えて貰えてないと思ってた。
相手にされないって、思ってた。
なんとか込み上がってたモノを押し戻して平静を取り戻す。
少しは大人になったんだなぁ、あたし。これでも母なんですからw母は強しってね?

「オレのこと嫌いになったか?」
マジな顔した天野さんが聞いてくる。あたしは首を振ってそれに答えた。
正直な気持ち、嫌いなわけがない。嫌えるはずがない...
「他に大事な男が出来たか?」
「うん」
あたしは大きく頷く。
そう、いまではもう、天野さんより大切かも知れない。あたしの雅鷹。可愛い男の子。
「そっか...ならしょうがねえな。」
天野さんは口元を上げて自嘲的に笑うけど、目が怒ったまんまだった。その目を伏せて、あたしから視線を外した。
「あの...最後に聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
天野さんは頬杖を付いたまま、ちらっと視線を寄越しただけで完全にこっちを見なくなってしまった。
「あたしのこと、どう思ってた?」
「もう終わったのに、言ってもしょうがねえだろ?」
「じゃあ、yesかnoでいいから...質問に答えて?」
「ああ」
まだ視線は戻らない。
「ご飯おいしかった?」
「ああ」
「一緒に居て、イヤじゃなかった?」
「ああ」
「あたしとのえっち気持ちよかった?」
「...ああ」
「もう少しそばに居て欲しかった?」
「.......ああ」
「他に女もう出来た?」
ちらっとこっちを見たけど、すぐにまた戻る。
「いや、そんなの居ねえ」
「じゃあ、付き合ってないの、誰とも?」
その問いにため息つきながらゆっくりとあたしの方に向き直してきた。
肘を膝に置いて、真ん中で手を組む。それからゆっくりと顔を上げた。
「おまえ以外にオレとまともに付き合える女が居るのか?」
マジな顔。
「居なかった...?」
「ああ、居なかった。」
ふって笑った気がした...
「最後の質問...あたしのこと、好きだった?」
返事を待つ...5年間、一度も言われたことなかった言葉。
「おまえは?」
「え?」
「おまえはオレのこと好きだったのか?」
何で反対に聞くかな??
「うん...好き...だったよ。できれば、ずっと側にいたかった。」
「過去形か?」
「うん、過去形だね。今は...」
雅鷹がいるから。あの子があたしにとっての一番だから。
「じゃあ答えてよ。天野さんは?あたしのこと...」
「今でも...ずっと.......だ。」
「え?聞こえないよぉ!」
「五月蝿い、二度といわねえ!!」
「そ、そんなぁ...」
やっとやっと聞けたと思ったのに。??
「聞きたかったのに...5年も側にいて...一言でいいから、好きだって、聞きたかったのに...そしたら、あたし、笑って忘れられるのに...」
あたしは事務所の床にぺたりと座り込んだ。
「そんな簡単に忘れられるのか?オレのこと!!!」
語調がキツくなって、天野さんの怒りモードが再発していた。
だけどあたしだって、もう...
限界、爆発する!
「忘れられないわよっ!だけどしょうがないじゃない、この5年の間、ずっと側にいたけど、天野さんは何にも言ってくれなかった。あたし、家政婦だって割り切らないと、やってこれなかったんじゃない!忘れようとしても...忘れられなかったから困ってるんじゃない!!」
ああもう腹が立つ!あたしは手当たり次第天野さんに側にあった物をぶつける。
「イテッ、オレは...家政婦になんか手ぇ出さねえぞ!?」
「へっ?」
いつの間にか側に来ていた天野さんに両手首を掴まれて、持っていたはさみが床に落ちる。
ひゃ〜〜!?あたしこんなものまで投げようとしてたんだ。やばいよ、天野さんの顔に傷なんて付けられない。ヤバぁ...
「オレ、側にいる女なら誰でもいいってわけじゃねえぞ?」
そのまま腕を押さえられて逃げられない体勢だった。
「でも...あたしに手出したじゃない...」
「サトが欲しかったからだろ?」
ずいって顔を近づけられた。ダメ、この目見てたら...
「嘘、たまたま都合がよかったからでしょう?」
必死で気を張り直してにらみ返した。でも天野さんもまたぐいって近づいてきて...
「サトが欲しかったから抱いた。最初は何も考えてなかった。たまたま側にいて、抱いたらはまっちまって抜けれなくなった。メシも上手いし、漬け物もうまい。好きなこと言い合えて気が楽だった。オレが何言ってもぽんぽん返してくるけど、本当に怒ったりしねえし、縛るようなこと一言も言わないしな。だから、楽だった。楽だったから5年も一緒にいて、離れようなんて思わなかった。ずっと、オレの側に居るもんだと思ってた。なのに、住田と付き合うって離れるし...あの3ヶ月は地獄だった。」
「あれは...天野さんが、鍵返せって...」
「オレといたら、どこにも連れて行ってやれねえ、カレシが居るって紹介も出来ねえ、なら、そう言う男の方がいいかなと思ったんだ。だから...」
「あたしのためだって言うの?」
「ああ...」
「あたし、そんなこと頼んでないじゃない!あたしは、捨てられたと思って...」
「だけどその次はいきなり離れたじゃねえか!!体調悪そうだったから、深追いせずにいたら、いつの間にか仕事辞めてアパート引き払いやがって、実家だ?オレは実家なんてしらねえってつうの!この半年間どれだけオレがおめえからの連絡を辛抱強く待ってたのは何でだと思うんだよっ!」
「だって、しょうがないじゃない...仕事出来なくなるし、アパートの家賃払えなくなったから...」
「だったらなんでオレのトコに来ねえんだっ?」
「行けるわけないでしょ!!写真のネタにされるためになんて行けるはずないじゃない!!」
お腹おおきかったんだよ?あんなお腹でうろうろ出来ないでしょ?
「とにかく、今日はもう、帰さねえから...」
「え?」
「連れて帰る、オレの部屋に...」
「だめだよっ!あたし、もう一人で住んでないの...そう、カレと住んでるの!帰らなかったら心配するじゃない?だから...」
雅鷹、お母さんあんたの元に帰りたいよぉ...相変わらず怖いんだもの、あんたのおとうさん...
「そんなのしらね、サトの身体に言うこと聞かせてやる...逃げられないように、手足縛ってでも...」
「いやっ、行かない!!」
行ったら最後だもん。あたしが天野さんに逆らえたコトないもん。
「来いよ、でないと、おまえがどんなにイヤらしいカラダしてるか、おまえの大事な男に説明しに行ってやる!」
それは無理です、まだ言葉がわからないんです〜って言ってもダメか?
「とにかく来るんだ!!」
「いや〜誰か、助けて!!」
叫んでもだれも来てくれない。あたしは、そのまま先生の事務所を散々荒らしたまま拉致されていった。

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