セカンドバージョン 1
<ごめん、しばらく逢えない> 王子からそうメールが来たのは、彼が事務所に乗り込んでからだった。 予想通り、事務所にかちんと言わされてんやろなぁ... J&M事務所、業界でも最大手の男性アイドル専門事務所。甘いわけないと思ってた。事実あの事務所からは、アイドル達の中途半端な浮いた話は出てこない。たまに事件になると容赦なく該当タレントは切り捨てられている。切っても切っても予備軍がいるから惜しくはないのだろう。 その中でもスニーカーズは特殊だった。TOPを独走するギャラクシーは、メンバーが落ち着いてきても未だに人気を落とさない。それぞれが俳優としても、バラエティでも活躍中だ。どんなに忙しくても、メンバー5人が揃った番組が高視聴率で続いてるのがすごいんだよね。他のMARIAも、SAMURAI6も同じようにバラエティ番組を持ってるけれども、桁が違う。 スニーカーズは、必ず音楽性を中心にした番組をやっているけれども深夜枠が多い。そう言う意味では位置づけは他のユニットと変わらない。 だけど、こと音楽となると別格だ。彼らの歌は本物なのだから。 まだまだ売れ時のアイドルを、それも歌で勝負出来る彼らを、事務所がみすみす株暴落させるような真似はしないはずだ。 そう、あたしとのことは、彼の人気の妨げになるのは間違いない。きっとおもしろおかしくワイドショーで取り上げられるだろうし、ファンも失望するはずだ。お笑い劇団所属のあたしじゃね? だって、あたし自身が王子のファンでもあったからよくわかる。ファンからすれば、お目当てのアイドルの彼女なんて邪魔者でしかない。敵わないような相手なら、泣く泣く納得しようものの、あたしみたいなの相手じゃ逆上しかねないし... そのことは、重々判ってるし、J&Mの藤堂って人にも言われた。 今回、王子に突きつけられた条件は<映画のプロモーションが終わるまで>だそうだ。 可愛くて演技力もある、女性の支持率も高い折戸奈美が共演する王子の新作映画。原作付のちょっとミステリー、ちょっとSFって内容の切ないラブストーリーらしい。元々王子もドラマはSFっぽい作品が多かった。それは、たぶん普通のドラマに、普通の少年役で出るには、浮きすぎてしまう容姿のせいだったと思う。その作品の制作発表が近々あって、そのままクランクイン、撮影開始。その後は...おきまりの主人公同士の仲のいい記事の捏造、煽り、そしてスクープが用意されている。そのネタの前に、あたしの存在は邪魔なだけだ。 たぶん、王子も終わるまでって念押しされたんだろうけど、あたしはその後のことも、半分ぐらい諦めてはいる。だって、こうやって高い壁を見せつけられるたびに、ああ、無理なんだって再確認してしまう。こればっかりは本人同士の気持ちだけじゃ立ち行かないんじゃないかな。 だから...ほんの一瞬でも、ああやって愛された記憶だけでも満足しなきゃって思う。望むと辛いからなんだけど... ただ、前みたいに尻込みして、メールを送らなかったり逃げたりはしない。多少は開き直ってるし、王子がその条件を飲んでくれたおかげであたしのテレビ出演解除が始まったみたいだった。最も、真っ先に動いてくれたのはギャラクシーの天野さんだったらしいけど。 『なんだ?オレそんなこと言ってねーべ。オレはアイツと野球談義するの好きだぜ?』 そう、堂々と言ってくださったそうだ。感謝だよ、ほんと!真っ白だったスケジュールも少しずつ埋まってきた。復帰最初の仕事が、天野さんが呼んでくださったバラエティ番組のゲストだった。 「よっ、聞いたぞ、うちの事務所がいらんことしたらしいな。」 「天野さん、あの、ありがとうございます!」 あたしはメイクを終えると、挨拶がてら天野さんの控え室にお邪魔していた。 「どういった経由なのか、聞いてもいいのか?」 「えっと...」 言っていいのだろうか? 実は、バラエティバージョンじゃないこの人って、ドキッとしてしまうんだよなぁ。真剣な顔すると、怖いぐらい綺麗な目だし。やっぱ、さすがにギャラクシーのリーダーだよね! よかった、王子で免疫付いてて... 「まあ、いい。誰が絡んでるかは、目星は付いてるんだけどな?」 ちらっとこっちを見る悪戯っぽい少年のような視線。 「ええ??」 「あはは、まあ、気にするな。事務所の思惑と外れようと、オレはおもしろい番組作りたいし、うちのスタッフもそうだ。滅多にないオレに楯突くお笑い芸人の存在は美味しすぎてほっとけねえ。」 にやっと笑うその笑顔はくせ者ですね?あたしですらくらっと来そうです、天野さん。 「あの...?」 ニヤニヤ笑う目の前の人に問いかける。 「いやいや、さすが普段見てるのがアレだから、オレじゃ落ちないか?」 「あ、天野さんっ!」 バレてる、そしておもしろがってるよ〜この人。身の危険は感じなくて良さそうだけど、コレ知ったらまた王子激怒しそう... 「天野さん、また女の子からかって...」 その時、控え室に先ほどメイクしてくれた女性が顔を見せた。あたしは普段から専属とかないんだけど、この人はこの番組専属のメイクさんらしい。 「サト...別にからかってないぜ。ただなぁ、オレだけ知ってるのはちょっとフェアじゃないと思ってな。」 「は?」 可愛らしい顔を歪めて天野さんを睨んでるよ、このひと...度胸だなぁ。そう言えば元々天野さんのスタイリストやってた人だって言ってたっけ。 「で、おまえなんか用だったんじゃねえの?」 「あ、その...」 ちらっとあたしの方を流し見たけど、天野さんが笑って頷いていたので、サトって呼ばれたメイクさんは天野さんに、向き直った。 「子供が、熱だしちゃったみたいなので、あの、抜けてもいいですか?」 「え?ま...いいよ、先帰れよ。オレがディレクターに言っとくから。今日はその子とオレ以外は、専属のメイク連れてきてるし、オレのこの衣装はおまえんとこの事務所に返しといたらいいんだろ?」 「うん、お願いします。」 その後、なんと、あの、天野さんが!!!その女性の耳元になにやら囁いて、肩をぽんと叩いたような引き寄せたような... いいのか??だって、子供いるって言うことは、人妻だよ??ふ、不倫とか?天野さんが...まさか... あたしが目を剥いてる間に、サトさんは控え室を出て行った。 去り際に、あたしにすっごく優しい微笑みを残して。 クエスチョンマーク貼り付けたまんまのあたしに、天野さんは指で来いと、軽くあたしを呼んだ。 「あんま大きな声で言えない話し、おまえんとこもだろ?」 うちのこと、王子とあたしのことだと思うから、急いで側まで行った。 「あのさ、オレこの間、朝早くに事務所に用事があってね、ぶらっと行ったときに、聞いちまったんだよね。おまえの王子様の宣言ってやつをさ。」 王子の?あの、事務所に乗り込んだ日のことだろうか? 「でっけえ声でさ、『お笑い芸人であろうとなかろうと、オレは本気です!すぐに入籍しても、発表してもいいんです!』ってさ、熱いよね。どっかの誰かみたいに、人気や、メンバースタッフに迷惑かけること考えて動けないヤツより、十分男らしかったぜ。」 天野さんは、また真剣な表情で天井を見上げた。 「今は、映画の件があるから、事務所も首を縦に振らないだろうけど、いつか認めさせてしまうだろうと思うよ。」 にっこりと笑って、あたしの肩をぽんと叩いた。 「さっきのな、オレの。」 <奥さん>そう聞こえた。じゃあ、子供って?? 「あ、あの、天野さん...」 「オレたちだけ知ってるのは悪いと思ってな。まあ、同じ業界にいるから、うちのにも頼ってみればいい。耐える方法だけは山ほど知ってんぜ?だから、諦めるな...」 また真剣な顔になった。 あたし、諦め顔になってたのかな、いつの間にか。 「はい、諦めません!今日も思いっきり噛みつかせてもらいます!」 「その息だ!」 スタジオに行こうと、天野さんが背中を押してくれた。 諦めちゃダメ、前向いて、あたしらしく、仕事するんだ。 どれだけ逢えなくても... |
素材:CoCo*