セカンドバージョン 2
取りあえず順調だった。 仕事は入ってくるし、気味が悪いほど... 王子からは、彼にしては珍しいほどマメにメールをくれている。合間見て、なんだろうね。 <撮影が忙しい〜>とか <今朝なんか4時おきだぞ?> <寒いっ!暖かいトコへ潜り込みたい> なんて意味深なメール送ってきたり。一応、見られても困らない内容が多いし、そんな場合は即削除してる。ロックかけるのはもちろんだけど。 「ナツキ、かわりはない?」 「はい、ないですけど、団長?」 「いや、なかったらええんや。見事にスケジュール空いてたからなぁ、今まで。よかったな、ここんとこ忙しそうで。」 団長や劇団のメンバーにも心配をかけてしまった。突然の仕事のキャンセル、何かがあったとしか思えないのに、事情をしらない劇団員も何も聞かずに居てくれたのがありがたかった。 そして、仕事復活と共に、深夜に押す仕事が増えた。昼間や夕方は劇団の練習も多いし。 「テレビや週刊誌でいろいろゆうてるみたいやけど、気にしちゃダメだよ。」 映画の制作発表、クランクインの騒ぎと共に漏れ聞こえてくる王子のスクープ共演の折戸奈美との仲を必要以上に取りだたす雑誌に、肯定するかのような事務所側のコメント。 わかっては居たけれども、いい気はしないよ。王子のこと信じて居るけれども、あまりにもお似合いのふたりの写真を見ていれば、自信なんって脆くも崩れる。相手は女優さんだもん、めちゃくちゃ可愛いし、身長も王子に合った大きさだけど、何より胸おっきいし。 はぁ、と自分の胸を見て、ため息がこぼれる。ほぼ洗濯板に近いんだけど、いいのかな、王子は満足してるのかな、こんな胸で? そう言えば、まともに電話もしてないなぁ、ここのところ... よし、今夜こそは電話するぞ! そう意気込んでいた矢先だった。 「ナツキ、ちょっと事務所に来れるか?」 社長に呼ばれて事務所に顔を出す。 そこには、せっかく意気込んでいたのに、落ち込む要因が目の前に居た... 「あの、お約束通り、ここのとこ逢ってませんけど?」 映画の撮影、そして公開してプロモーション活動が終わるまでは、逢うなというのが事務所側の条件だったから、王子とは逢ってはいない。 約束を守っているからこそ、あたしの仕事が再開されたと言うわけなのだから。 どんな内容で王子が交渉したかって言うのは、先日ギャラクシーの天野さんから聞いてしまった。王子、かなり熱くなったらしい。教えてもらって真っ赤になっちゃったよ、ほんとに。 「判っていますよ。うちの澤井も、今は映画の撮影で忙しくしていますから。」 目の前にいるのは、相変わらず厳つい顔した、J&Mの統括マネージャー藤堂さんだ。見てるだけでこっちが萎縮してしまう、迫力。 「じゃあ、」 なんで、とあたしは言葉を飲み込んだ。 それならばなぜ、ココにいるのか、あなたが! そんなあたしの怒り心頭の感情をさらりと流すような静かな声で藤堂は続ける。 「取りあえず、そちらもお仕事に復帰されてよかったですね。いかがですか?久しぶりの現場の雰囲気は。」 相変わらず丁寧な言葉遣い以上に、偉そうな態度と物言いだ。うちの社長も眉を寄せている。 だって、何でまた来たんだろう?それがこっち側の意見だったから。 「仕事がないままでは、うちの澤井がへそを曲げては困るんでね。天野もえらく森沢ナツキを気に入ってるようですし。一体どんな手を使っているのやら。」 嫌みったらしい言い方にカチンと来る。何にもしてないわよ!あたしはっ! 「ありがとうございます。天野さんから直接レギュラーへの誘いを受けてるようで、それはありがたく受けさせていただきますよ。」 社長が精一杯ふんぞり返って答えた。だから、社長には無理だってば、そんな態度通用しないって。 この人、この藤堂ってマネージャーは特別なんだから。たぶんどんな状況でも、相手がヤの字の人でも平気で商談まとめちゃうような人なんだと思う。前回、社長がこの人相手に啖呵切ってくれたときは、そりゃあかっこよかったけど。今回はそんなことしたら、前以上の報復を予想しておいたほうがいいだろうと思う。 「森沢ナツキを含めた劇団メンバーを、こちらの持ち番組に優先的に出演させましょう。特にサンライズ系にね。森沢ナツキには、天野のレギュラー番組の金奥の準レギュラー、それと深夜の番組のレギュラー2本、そしてSAMURAI6の○○が喜劇舞台をやることになっているので、そこに準主役級でのゲスト出演。そんなとこでいかがですか?」 「はあ?」 社長とふたりあんぐりと口を開ける。 なんですか、それは罪滅ぼしのつもりですか?2ヶ月どころか3ヶ月近く仕事がなかったことに対しての。 先々月、セキュリティのしっかりしたマンションに引っ越したけれども、家賃なんて到底払えそうにない状態だったので、その申し出は非常にありがたいけど。無条件でって話が存在するほど、この人が甘くないって知っている。 「それだけテレビに出ていれば澤井は安心するでしょうからね。」 ああ、そういうことですか...王子を納得させるための、ですね? 「それで?」 社長は更なる条件を聞き出すために聞いた。 「森沢ナツキには、澤井の映画撮影期間中に、別の恋人を作って、うちの澤井と完全に手を切って頂きたい。今、澤井晃一に事務所を辞められても、結婚されても困るんですよ。うちを辞めてやっていけるほど甘い世界じゃないのはご存じでしょう?ですから、あくまでもそちらから、別れていただきたい。」 「そ、そんな...」 「相手が用意できないのなら、こちらでも用意しますよ。だが、できれば同じ劇団のどなたかがいいですね。同じ職場の人間が相手では文句の言いようがないはずだ。」 そこまでして別れさせたいの? まあ、そっちの気持ちはわからなくもない。あたしじゃイメージダウンだって事も判る。 だけど、天野さんの証言によると、王子は熱く宣言したらしい。何もかもをかけて。だから王子を説得するのを諦めて、こっちから別れるように仕向けろって? 前回、その手をとっさに使って、あっという間にバレたんですけど??ただでさえ演技は下手なのに、そんなありもしない恋愛のお芝居なんてできっこないに決まってるじゃない!あたしが、あの王子を騙せるっていうの?ほかの男に恋できるとでも? 冗談じゃないわよ! だけど目の前の男は本気のようだった。 「そこまでしなきゃならない理由は、こっちにないと思いますがね?」 社長が反論する。 「そうですか?まあ、それはそちらの判断にお任せしますよ。」 不適な笑いを浮かべたまま、組んだひざの上に手を置いてソファにゆっくりともたれかかった。 「ああ、次の劇団の公演はいつでしたかね?一度見せて頂きたいと思っているんですよ。」 「次回の公演...?まさか!!」 社長ははっと立ち上がると、大急ぎで電話をかけはじめた。 「おい、契約はどうなっている??延期?まだサインもらってないのか??...まさか、他もか?...わかった、こちらでも調べてみる、ああ...」 携帯を閉じた社長の顔は心なしか白かった。今まで興奮気味で赤くなっていたのに。 「あんたら、劇場側に手を回したのか??来期の契約をでかいとこがみな渋ってるって...まさか?」 「さあ、私どもは何も...しかしこのままじゃ、演じ場のない劇団など存在の意味がないんじゃないかな?このままじゃ、所属する劇団・爆笑本舗が空中崩壊しかねませんよ?」 「くっ...」 社長の電話を握る手が白くなっている。一体なにをやったっていうの?? 「いくら劇団が頑張ったとしても、上演出来る箱がなければ存続出来ないはずです。それともドサ周りにでもでられますか?その方がこちらも都合がいい。何もしなくっても逢えなくなりますからね。」 劇団の、舞台会場を抑えたっていうの?まさか... 「契約更新保留か、考えたな...だが、しかし、そこまでしてこのふたりを別れさせたいのか!!」 「別れるも別れないも、困るんですよ。アイドル澤井晃一の相手がお笑い芸人じゃね!アイドル崩れとお笑い芸人とはまた違うんだ。森沢ナツキでは、澤井晃一の王子のイメージを壊すどころか、ファンを根こそぎ奪いかねないんだよ。まったく、どんな手を使ったかは知らんが、下手にあなたを押さえ込むと、あの澤井が事務所を辞めるとまで言い出す始末だ。あんなに感情的だとは知らなかったよ。大人しい方だと思っていたのに。」 大人しい?王子が?それは、藤堂さんの勘違いです! 「だから、これは警告です。あなたの方から、別れて頂きたい。そうすれば先ほどの条件であなたも劇団の方達も仕事には困らないでしょう。期間は映画が公開されるその日までに。」 「藤堂さん、それがおたくの、J&Mのやり方ですか?」 社長の手が怒りで震えている。 「どう言われても構いませんよ。いくら澤井が脅してきたとしても、そう簡単にアイドルのいいなりになってるようじゃ、事務所なんてつとまりませんからね。他にも我慢してもらっている者もいることは確かですよ?ただね、芸能人同士じゃ目を瞑るところと、瞑れないところがあるんですよ。森沢さん、あなたはある意味目立ち過ぎる。そして澤井にはふさわしくない。たとえ、仕事を辞めて一般人となったとしても、あなたには一生お笑い芸人という名札が付いている。そうでしょう?そんなあなたを認めるわけにはいかない。我々は手持ちの商品としての彼らを守る必要があるんですよ。」 藤堂が帰った後、社長はがっくしとソファにもたれたまま、煙草をふかしていた。 駆けつけてきた団長のがたいのいい浦上リンダさんとか、劇団の主要メンバーの姉さんこと金本真子さんがイライラと事務所の中を歩き回っている。同じくバラエティでも活躍中のうちの男優、花本満さんも黙って座ったまま。 「ね、それほんとマジなの?」 「まさかあっちの事務所がそこまでするなんてね...」 姉さん達がため息をついていた。 「すみません、あたしのせいで...」 「いいんだよ、あんたが悪い訳じゃない。それにこの間まで仕事干されてて、復活したとしたらこれか?ったく、やり口汚いね。」 「なんかね、おかしいと思ってたんだよ。劇場側が妙に渋るし、その理由がこれなんて...」 団長と花本さんが顔を見合わせて肩をすくめた。 「まあうちなんかがどうあがいても、あんなでっかいとこに勝てっこないの判っててやってるんとちがうの?あちらさんにすればね。」 全員ため息。確かにそうだわ、うちらみたいな弱小劇団。たまたま団長とかがドラマやバラエティにでてるからそこそこネームバリューはあるけれども、でっかいスポンサーが居るわけでもない。 「あ、あたしが、辞めれば...」 「ナツキ!あんたがそれやっても、結果は同じやよ?別れるまでは、そう言うことと違うの?」 団長の言う通りなんだけど、じゃあ、あたしはどうすればいいの? 「でもさ、こんなことやってあっちは怒ったりしないわけ?」 「あっちって、晃一くん?」 「そ、澤井晃一はそんなこと許さないでしょ?」 真子ねえさんにそう言われてあたしは俯く。確かに、王子自ら事務所を辞めかねない。だけど、それをやってしまうと、再スタートなんてまた難しいのだ。今回のような手をまた使ってくるだろうし、王子も劇団も両方潰されかねない。 「絶対に言われへん!そんなことしたら、晃一くんが歌えなくなるやんか!あの人から歌は奪われへん、そんなことになるんやったら、あたし...このまま別れてもいい。」 「ナツキ...」 王子から仕事を、歌を奪うことは出来ない。ふたり揃ってこそのスニーカーズ、あの歌声を、ハーモニーを無くすわけにはいかない。 あたしは、王子の、スニーカーズのファンでもあるのだから。 「阿呆な子や...せっかく手に入れた、初めての恋やのに...自分からそんなことゆうて。」 ねえさんがあたしをその胸の中に抱き込んで頭を撫でてくれた。 あたしは、また泣いてしまっていた。 泣かない女だったのに、こんなにも、あたしの涙腺は脆くなっている。だけど、決めなきゃ、本気で。 あたしのせいで、誰も不幸になんて出来ないよ。 「けど、このままですまさへんで。なんとかしてやるから、ナツキ!」 団長の呻くような声が、背中に聞こえてきたけれども、あたしは顔を上げることが出来なかった。 |
素材:CoCo*