セカンドバージョン 4
〜宝山塚への道〜 「ねえさん、ほんまにやるの?」 「あたりまえや。あたしは目一杯お笑い取るから、ナツキはマジで行くんやで?」 「わ、わかった...」 マコねえさんに気合いを入れられる。あたしはマジでカッコイイ男役になりきれと言われたのだ。 音楽学校の授業は多岐にわたる。ダンスに歌に日舞。ただし正規の授業時間を邪魔するわけにはいかないので、そちらは見学だけ。 そして放課後にレッスンの手伝いをしてくれる生徒さん数名と、先生について本番前のレッスンをして、それから最後に弾ミレイを迎えてが今日の音楽学校での撮影だった。 「はい、そこでターン」 最初はダンスのレッスンからだった。ダンスはタップもモダンもあったけれども、あたし達にまともに出来るはずもなく、歌もぼろぼろの音痴大会。最初はそれなりに笑えると思う。まあ、それが目的の番組だし、ねえさん真剣にやってもコケまくりだし。 「ナツキさんって、本当に男の子みたいな体型なんですね、うらやましいなぁ...」 そう言いだしたのは男役希望のマイちゃん。まだまだ初々しい彼女はまだ17歳。今日は弾ミレイに逢えると、最初っから張り切ってるボーイッシュな女の子だ。 「な、なんで、ふたりともスタイルいいじゃない?細いし背も高いし...」 あたしの寸胴、ぺたんこの胸を見て、もう一人の男役希望のミエちゃんもため息をつくのが信じられない。 「それでも、なんです。ぴたっとしたズボン履いたらわかりますよ。腰がね張ってるとダメなんです。」 うーん、ふたりともさすがに男役目指すだけあって顔立ちもスタイルも申し分ないんだけどなぁ?大抵の女性は細くても多少骨盤が張っていたりするし、女性独特の足のラインとか、それらが邪魔をするのだという。あたしにはその邪魔する物がないというわけだ。 「それじゃ、ダメ。みっともないガニ股にしない!大股で、座る前に、こう、一拍開けてすとんと座る。もしくはこう、斜めに構えて。」 目の前の弾ミレイは、普段着なのにすごくカッコイイ。 あの歩く姿も、ポーズも...女役代わりに引き寄せられてラブシーンを演じたマコねえさんが、クラクラになっていた。 「めちゃかっこいいわぁ...そこらの男より、断然カッコイイわ!もう恋しそう...」 イケナイ道に走りそうになったと、ねえさんは言った。 「そりゃそうです、そこらの男よりカッコイイから、極上の男を演じるから女性達が憧れるんですよ。」 にっこり笑ったミレイさんのその笑顔は女性の物なのに、仕草の一つ一つが気障な男を演じる。隣にいたマイちゃんもミエちゃんもぼーっとなってる。彼女たちにとっても、彼女は憧れのトップだったのだ。 しかし、これをあたしにやれと言うのは、無茶と言うもので... 「ナツキさんは、姿勢はすごくいい。そのままうちの子供役ででれますよ?でも、男役にがご注文ですから、これからたっぷりシゴかせてもらいます。」 姿勢の悪い、猫背のマコねえさんは見切りをつけられ、女役で別室特訓中。あたしはしばらくは専門の先生とミレイさんのレッスンを受けることになる。 1週間後に本番撮影。なんと舞台貸し切りってすごい豪華さ!そのためのレッスンが続く。舞台のシーンが撮り終えるまでスタジオで合宿。そのあたりがドキュメントで撮影される。 やらせじゃないけれども、あたしを泣かせるために、かなりキツイレッスンと罵倒... 「う、くっ...」 普段舞台のためにダンスもやってるはずなのに...思うように動けなくて、怒鳴られ、思わず流れる悔し涙。無茶苦茶立て続けにレッスンされて、身体がついて行けず、何度か洗面所で食べたものを戻したりもした。足にまめが出来て、引きずる惨めなとこも全部撮られた。 「ナツキ、大丈夫か?」 ねえさんもかけてくる声がしんどそうだ。あたしより10は上で、体力的にもかなりキツイ。女性パートを覚えるために、必死でレッスンを続けている。 「明日、本番や...頑張ろうな。」 最初は変身のためとかなんとか言ってたけれども、途中からはもう意地のようなもの。誰のためでもない、自分のためにやり遂げようと、ねえさんとふたり必死で歯を食いしばっていた。 最後の総仕上げ、舞台の上でスポットライトを受け、愛の語り、そして高らかに歌う愛の歌、ダンス。 ねえさんの身体が豪華なドレスの重みで辛そうに回る。それを支えて微笑あい、口付けの振りして、そして愛を歌う。歌だけはっちょっとどうしようもない部分はあったけれども、学芸会並みでもダンスシーンは無事こなせた。 「すご、ナツキ、惚れそうなほどかっこいいわ!」 ねえさんがあたしを見てそう言ってくれた。 鏡に映ったあたしは、宝山塚ならではのメイクと衣装で、ぱっと見信じられないくらいかっこよかった。 自分で言うのもなんだけど... スポットライトが消え、会場が明るく照らし出されて、ミレイさんのお褒めの言葉を戴いて、撮影無事終了。 感慨深いものが、舞台の上のねえさんとあたしの間にあった。言葉に出来ない分、涙が溢れてきて、あたしとねえさんは泣いた。 だけどあたし達に休みはない。 〜ゲイバーへの道〜 そのままゲイバーに連れて行かれた。 レッスンでばてて倒れたねえさんのピンチヒッターで花本さんと団長が代わりに入っていきたからうるさいのなんの... 3人でゲイバー・ニューハーフデビューを目指すのだ。下を取ってるヒトは少ないけど、心は女の世界も特殊だった。メイクはもう特殊メイクに近いし、半分お笑いが売り。そこにあんまり絵にならないからと言ってニューハーフのメンバーも混じって特訓が続く。 男役とは全く逆の、女よりも女らしい仕草、視線、ポーズを求められる。 頭の中こんがらがりそうだった。 何で女が女のレッスンと思えるほど、細かい仕草チェック、お手入れ、それぞれがゲイやニューハーフさんと1週間同居して、お店に出ながら1週間続くのだ。 あたしの相手はミオさん。すっごく綺麗で色っぽいヒト。濃いタイプかな?背は高いけど少し声は低いのよね。 「ホルモン注射も高くて馬鹿にならないのよ。うちは少しギャップがあるのが売りだから、まるまる女になっちゃおもしろくないのよ。でもいいわよね、あんたなんか、なんにもしなくても女なんだから。」 皮肉にもその台詞は、先日聞いたところだった。 『男は何にもしなくても男だからいいけれども』 弾ミレイのようなトップスターでも、何度も悔しい思いをしたという。女という器を生かしながらも、男になりきる為にどれほど努力したか...その努力の上に成り立つ美しさ、持って生まれたものの上に胡座かいてちゃだめなんだってことを教わった所だったのだ。 その両極端を2週間でやる辛さ... おもわず王子に愚痴りたくなった。だけど、泊まり込みだから、メールも無理なんだよね。ミオさんに見られたり、電話にでられたりしたらヤバイし。 『大丈夫なんか?1週間も、相手はまだ男なんやろ?』 『大丈夫にきまってるやん!向こうは男が好きなの。』 女同士のつもりでいたけど、なかなか... 料理一つにしても何も出来なくて、『女の癖に』って怒鳴られる。毎日団長や花本さんとは店で会うけれども花本さんが日に日に衰弱していく。 「オレヤバイよ...狙われてる。」 半泣きで団長に泣きついてた。男だから、この中にいて一番危ないのは花本さんで、同居してるすみれさんに襲われそうになったという。一応団長のオトコだって主張して事なきを得たらしいけど。 あたしは全く平気なのに...って、その日までは同情してた。 だって、 「あら、あたし付いてるわよ?まだ」 そう、ミオさんが平気な顔して言ってくるんだもの。 「見る?」 って、お風呂上がりにもっこりしたものを見せないで欲しい。 「い、いらないです!!!」 「なに言ってるの〜ねえ、ナツキは男知ってるの?知らないんでしょ、まだ。」 撮影スタッフも寝ちゃったので、あたしも休もうとした矢先、ミオさんが妙なこといいだした。 「ねえ、知らないんなら教えてあげよっか?あたしね、一応両方OKなのよ。それに...ナツキは女っぽくないからかえってそそるって言うか、その気になれるわ。」 「は、はあ??」 なに言い出すの?それのパターンはもうこの間済ませましたって! 「いえ、け、結構です!ミオさんには愛情よりも友情感じてますし!!」 「あら、あたしは欲情感じちゃうわ?ね、試してみない?あんたの処女膜破らせてよ。」 「げっ、なんちゅうことを...」 ベッドの下に敷いた布団に降りてくる黒い影。 だれだよ、絶対大丈夫だって言ったのは!! 背の高いミオさんがあたしの上に覆い被さってくる。 「や、あたし、居ます、カレがっ!処女でもないです!!」 「あら?そうなの...残念。でどんな相手?」 「そ、それは...」 言えない相手なんだよね。どうしよう?? 「何だ、いないんらな...」 「居るんです!!でも、公に出来る相手じゃなくて...」 「ま、まさか...?」 不倫?この体勢で耳元で言わないで欲しい。 「ち、ちがいます!!お互い独身です...ただ、同じ業界のヒトなので、バレたらダメですし、実際向こうの事務所からは別れろって言ってきてて...」 「なにそれ?」 一種、ミオさんの目がつり上がった。 こ、こわいです!!男に戻ってます... 「え、だから、あたしみたいなお笑い芸人は釣り合わないから、別れろって...でないと、」 ここまでいってもいいかなと思いつつ、小さな声で言った。 「劇団、潰されちゃうかも知れません...」 しばらくはミオさんもなにも言わなかった。 「お笑い芸人だと釣り合わない、そう言われたの?」 「え、ええ...だから、団長やマコねえさん達は、あたしを変身させて釣り合うところを見せてやるとか言ってますけれども、まあ、そんなのムリかなって...」 「なに言ってるのよっ!男のあたしがここまで女磨いてるのよ?女のあんたが女の中の女にならなくてどうするのよ!!」 「いや、だって、それは...」 「男知ってるんでしょう?だったら、もっとキレイになれるわよ!それともあんたの男はあんたを嫌々抱いてるの?キレイだとか可愛いとか言ってくれないの?」 「そ、それは...言ってくれますけど...」 言ってくれるけれども、そんなの信じられなくて、いつも嬉しくても辛くなるのだ。ああ、顔が赤くなる〜〜 「ああ、もう可愛い!!!ちょっと、明日から本気でやるわよ!あんたをうちのNo.1に並にしてあげるわよ!」 「きゅ、きゅうにどうしたんですか??」 「あたしはね、偏見がだいっきらいなの!キレイだって褒めておいて、男だと判ると、急に態度変える。あたしだって悔しい思い何度もしたわよ。あんたは地はいいんだから、努力次第よ。いい?そうと判ったら...衣装のヒト何って言ったっけ?」 「あ、さとりさんですか?」 「彼女と連絡取れる?」 「は、はぁ...」 あたしは携帯を取り出してさとりさんに連絡した。 |
素材:CoCo*