「これは...」
「気がつく人は、気づくな。」
リンダ団長と花本さんは、ふたりモニターを覗き込んで納得しあっていた。
宝山塚編に比べると、とっても笑えるゲイバー編。
勿論一緒に出演したふたりも並んで座ってモニターを見ながらコメントするんだけど、聞こえないところでぼそっと言ってくれる。
最終日の撮影分、鬘つけてフルメイク(特殊メイクに近い)であたしがモニターに映るとどよめきが起こった。
「いやぁ〜これ誰だかわかんねえよな?」
大げさにおどけて聞く天野さんにゲスト達も同調する。もちろん団長と花本さんの姿は、違う意味で笑いを取っていた。
「この間の男役もはまってたけど、ナツキちゃんって、意外と美形なのね?最近お笑いでも男前増えてきてるけど、珍しいわねぇ〜あたしみたいな男しかダメなのでも、なんかOKっておもっちゃうわよぉ〜」
コメンテーターのオカマで有名なイラストレーターの咲山とおるが身体をくねってあたしの肩をぱーんと叩く。一応男だから力強くって、痛い。
「すんごく色っぽいわ!どうして??今はこんなに色気ないのに。」
上から下まで眺めるあたしはジーンズにチェックのシャツで少年仕様。
「えっと、じ、実はこの時、ちょっと熱があったんです。」
まさか媚薬盛られたなんて言えないし、その後そのせいで無茶苦茶乱れたなんてことも言えるはずがない。だからそう言うコトにしようと、さとりさんと打ち合わせていた。
「でもさ、ナツキちゃんでこうだったらあたしだって、もっといけると思わない?」
「んじゃ、次は咲山さんで行きましょう!」
「男前の居るとこにしてね!」
「それだったらホストクラブですよ?」
「いくわっ、そこ!!」
台本通り盛り上がる。次回の放送は決まっている。咲山さんがホストクラブで凛々しくなったところが撮影済みなのだ。
放送終了翌日、事務所に顔を出すと案の定、先週と似たり寄ったり、いや、それ以上。
「週刊誌から取材は来てるけれども、イメージが違うからな、まだ気がついてないみたいだな。」
社長、ちょっと嬉しそう。いかにもどうだって顔してる。もっともそれは昨日リンダさんもやってたけれども。
「バレてないってこと?」
「そうだな、バレてはないけれども、可能性は見てるだろうな。古参の芸能レポーターは気がついてるかもだな。裏付けとってくるかもしれんが、まあいいさ。共演したときも別段おまえらいちゃついてないし、まさかって感じでだろう。だがあっちは早かったぞ?」
「J&Mですか?」
「ああ、藤堂さん自ら確認の電話寄越してきたぞ。」
「直、ですか?素早いですね...で、社長はなんて答えたんですか?」
「まあな、『あの写真は森沢ナツキだったのか?』って聞いてくるから『そうだとしたら、どうだって言うんです。イメージ壊れましたか?』って聞き返してやった。」
「そ、それで?」
「まあ、しばらく無言で『あの記事は澤井晃一にとってマイナスではなかった。』だと。」
それってイメージダウンの相手ではないって認められたってコト?
「つまり『あれが森沢ナツキであろうがなかろうが、あの姿ならばイメージダウンは避けられる。ある意味折戸奈美よりは、数段上だろう。』ってさ。やったな〜ナツキ!」
「うん...でもそれって喜んでいいの?」
交際を認められたわけではない。謎の部分が多いだけ良かったって事でしょう?あたしが認められた訳じゃないし...
「なに言ってるんだ、今回で証明されたんだぞ?森沢ナツキは『ただのお笑い芸人ではない』これが世論だ。中世的で、宝山塚の様なのもいけるし、ケバケバオネエチャンにもなれる。おまけに、あの清楚で謎めいた澤井晃一の恋人かも知れない。リンダはそう思わせたかったんだ。見事にどんぴしゃはまったじゃないか?」
「あのぉ、もしかしなくても、晃一くんと逢う時はいつもその恰好しておけって事ですか?あたし一人であんな恰好出来ませんよぉ!」
「それは、大丈夫。あの金妻のメイクさんと契約しといたから。」
「え、さとりさんと??」
それは嬉しいけど、いいの??天野さん怒らない?
「で、向こうからのお達しは2つ。お笑い芸人ナツキとはこれからも全く無関係。部屋を行き来するのも御法度。特にナツキは素顔では厳禁だそうだ。」
「えー!!」
それなら、前とあまり変わらないんじゃない?あたし、認められてないし...
「とにかく世間一般のナツキのイメージは変わったからな。これからだよ。次からは仕事選んでイメージUPをはかるからな、覚悟しておけ!」
社長はホクホク顔だけど、あたしは劇団が、お笑いの仕事が好きなのに...
「いざとなれば、スクープであんたの正体いつでもばらせるように準備してるからさ。もちろん時期をみてだけどね。」
リンダ団長にもそう言われたけど、なんだか複雑。
「世間はさ、謎の女性とか好きだよ〜色々想像が走る分実害はないしさ。ただでさえお笑い芸人はプライドなしでやってるぶん街中でも声かけられやすいやろ?身近に思われてる分、バレたら後が大変やから、もうしばらく今のままで隠れておいた方がええわ。J&Mさんも澤井くんが大人しいにしとったら、こっちにも無茶してこうへんやろ?あっちだって自分とこのタレントが可愛いんや、潰したくはないやろしな?」
マコねえさんがうんうんと分析して悦にはいってるけど、ほんとうにこれでいいのかな?
「あ、携帯...」
バックの中で振動が起こる。たぶん、王子からだと思って急いででた。
『ナツキ、どうや?そっちは』
「うん、電話鳴ってる。それと、気がついてる芸能レポーターがいるかも知れへんから気をつけろって。」
『そうやな、こっちもちょこっと釘刺されたけど、しばらくは気つかなん振りみたいや。謎の女の正体ばれんようにしろって。これでまた逢えるな、ナツキ...』
「う、うん」
うれしいんだけど、この間みたいなのは困るのよね?
『早速明日の晩、逢えるか?』
「あ、ごめん、無理...明後日から地方やから明日の晩には移動やねん。」
『そ、そうか...』
王子の声が一気に落ちる。
「帰ってきたら連絡するし...」
『オレのスケジュール、おまえんとこの社長に送っとくから。おまえのスケジュール判ったらオレにくれるか?』
「うん、じゃあ社長に送ってもらうようにお願いしとく。」
しばらくは逢えなかったけれども、もう事務所側からはなんの妨害もなくて、あたし達劇団は公演を続けていた。
新ネタで...そう、宝山塚とゲイバーのネタはしっかり盛り込まれていたからあたしの出番も多く、番組をみた人からの反響も多くて今回の地方公演は大入り袋がでるほどだった。
だからあたしもすっかり忘れていた。本当に怖いのは事務所なんかじゃなかったってことに...
「ナツキ、どないしたん?」
「え?あの、そこに誰か居なかった?」
「どこ?」
劇場の楽屋口、外はスタッフが走り回っている。今日の上演も終わって、後は打ち上げが待ってる。要するに飲み。ああ、怖いよ〜うちの飲み会は常軌を逸してるからね。
「なんか、最近視線感じるんだけど...」
「お、人気者はつらいね〜ナツキ一気に知名度上がったやろ?ええなぁ、おいいしいなぁ。」
「花本さん、もう、花本さんもあの店からショーに出てくれってオファー来てたじゃないですか?」
「オレも売れなくなったらあそこでやっとってもらおう、うん。」
花本さんの場合売れなくなったらというよりも、リンダさんに捨てられたら行ってしまいそうで怖い。
「さささ、宴会の時間やで〜ナツキ、覚悟しとけよ?」
花本さんがにんまり笑った。
うへぇ、今日の標的はあたしですか?
その日一番受けた劇団員が接待役になる。つまりお酒をついで回って、酔っぱらいの介抱までがお仕事ってわけで。
無茶苦茶な宴会が終わって部屋に戻ったときにはじめて気がついた。
「携帯が、ない...」
まさかって、思った。バックはあるのに??調べても財布もある。
一応芸能人だから、知られちゃいけない番号とかあるから、身体から離すときは暗証番号でロックかけてるけど...
「どうしよう!!」
夜中、部屋に戻っても落ち着かない。
「ねえさん、マコねえさん!!」
酔っぱらったマコねえさんは起きてもくれない。
どうしよう??
落としたかもしれないと、取りあえずホテル側に連絡したけれども届けられてないとのこと。なんどかホテルの電話から携帯にかけてみたけれどもでない。
ほんとにどうしよう??社長たたき起こして朝一で携帯会社に連絡とって調べてくれるみたいだけど、電源切られてたら絶対無理らしい。
もしも、中見られたら本当にヤバイ。最近一番の多いのは王子からのメールだし、電話だって...シャメとか撮ってなかったよね?
あたしは落ち着かなくてベッドに入っても眠ることが出来なかった。
「ヤバイよぉ...それに、」
王子への連絡手段がとれないじゃない?
どうしようか一生懸命考えていると、まんじりともせずに夜が明けた。 |