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My Prince Your Princess 〜普段着の王子様〜


セカンドバージョン 10


「明日の公演もがんばれよ。」
そういって見送ってくれた、明け方のマンションの玄関。
王子はまだ帰らないらしい。滅多に人の来ないこの部屋で、汚れてしまったシーツの洗濯乾燥が終わってから帰るのだそうだ。
帰り際に落とされたキスはまだ甘くて、少し気だるい身体を引きずってホテルに向かう。
空が白む前に少しだけ仮眠したけれども、起きあがるのが億劫になるほど愛された。期間が空けば覚悟しておけと言われていたが、ふたりの仕事のペースを考えると、空くのは必須ではないかと思う。
なのに...
軋む身体、今日の公演に影響が出なければいいのにと、憂うあたしだった。


ナツキのまま歩くのも億劫だったので、そのままの変装でホテルまでタクシーで乗り付けた。部屋に入る前に取ればいいと、取りあえずホテルの中に戻ったあたしの目の前にふらりと人影が揺らいだ。
「えっ?」
ぶつかりそうになったから、避けたはずなのに、どすんと身体事ぶつかってきた。
「やっぱり、あんただったんだ...」
人気のないロビーに折り重なる身体。
下腹部に走る激痛。押さえた手のひらが、ぬるっと滑る。
な、に、これ...??
それが自分の血だと判った途端、すーっと血の気が引いて、気が遠くなっていく。
ドアマンが異変に気付き駆けよってくる足音が聞こえる。
「おい、救急車だ!!!」
あたしの上から剥がされる女性のまるで怨霊のように歪んだ禍々しいその表情に、自分が恨まれてるんだと理解する。
だけどドンドンからだから力が抜けていく。
「やだ...」
このままじゃ意識を手放してしまいそうで、怖くなってポケットから取り出した携帯をリダイヤルする。
「どなたかお呼びしましょうか??」
電話の相手がこのホテルに居ると思ったのだろう。ホテルマンが声をかけてくれたので、ねえさんと団長の部屋のナンバーを告げる。
「すぐに救急車が来ますから」
ホテルマンがタオルをもってきて腹部を押さえてくれた。
『ナツキ、どないしたんや?もう、ホテルについたんか?』
電話から声がする。繋がったんだ...
「こ...」
名前を呼ぼうとして、視線を取り押さえられた女性にけると、興奮してなにやら叫んでいるらしく、周りは必死になって取り押さえていた。
「...いちくん」
『なんや?なのさわぎや?』
「ん、あ...のね...」
『ナツキ?』
「だいすきだよ...あたしの、王子さま...」


「ナツキ!!!」
遠くからあたしを呼ぶ声がする。
王子かな?それともリンダ団長?マコねえさん?あれ、花本さんも?
痛くてね、寒くてね、怠くて、眠いの...
ホテルのロビーは、一度寝っ転がりたかったけど、思ってた以上に硬くて冷たい感触だった。








「なっちゃん、目が覚めたの?よかった...すぐ、看護婦さん呼んでくるわね!!」
母がそう言って部屋の外に出て行った。

あれから...
意識を失った自分には記憶がない。目が覚めたら白い天井だし、動こうとしても下っ腹が痛くって身体が動かせない。両腕には管が繋がってるし、痛み止めのせいか、妙に身体がだるい。
「危なかったんだぞ?」
部屋に残って、目が覚めたあたしにそう言ったのは、事務所の社長だった。
「リンダもマコも心配してるんだがな、公演中は抜けられないからな。」
ぼーっとした意識の中で言葉を繋ぐ。
団長、マコねえさん...公演
ああ、あたし公演に穴開けちゃった。
「幸いココはおまえの地元だ。すぐにお母さんが来て下さったんでな、たすかったが...正直、大事な娘さんに傷つけてしまって申し訳ないのに、おまえの母親は『どうせうちの子がいらんことしたんでしょう』だってさ。おまえどんな育てられ方したんだ??」
ええ、もうどーんと育てられましたよ。
「あの、あたし」
「ああ、しゃべらなくていい。あの、おまえを刺した女な、金奥の放送見ておまえが怪しいと思ったらしい。控え室に忍び込んだのも、携帯を盗んだのもあの女の仕業だったらしいぞ。おまえの後つけまわして裏とって、お笑い芸人なんぞ、王子にふさわしくなかったから消そうと思ったらしい。」
「ふさわしくない...」
それはわかってる。
「王子の相手は、お姫様じゃないといけないらしい。たぶん誰でもダメなんだろうよ、自分以外な。マジで熱烈な王子ファンだそうだ。関西出身で、王子追いかけて上京して、生活費の全てをつぎ込んでいたらしい。ただし、だれとも一緒に行動しない、ちょっと思いこみの激しいタイプで、自分が一番王子のことを判ってるんだとさ。」
そうだったんだ。だから、あの恰好で帰ってきたあたしを...
「おまえの変装はリンダがすぐさま取り払って、ホテルの従業員にも口止めしてある。あくまでも、おまえが刺されたのは、<森沢ナツキ>としてだ。あの女も澤井の事を口にはしてないらしい。調べれば判るだろうから、あっちの勘違いでってことになると思う。澤井晃一ファンがなぜ森沢ナツキをってことになるだろう?向こうの事務所も必死で押さえにかかってるから、ふたりのことは当分公には出来んぞ?」
なんだか身体の力が抜ける。そっか、取りあえず今は大丈夫なの??
でも、以前よりバレやすくなっちゃうよね?
あたしじゃファンは納得しないのに。
なんとかしなくちゃ、なんとか...
「ん?ナツキ、眠いのか?」
うん、眠い...ナニも考えられない。
「ゆっくり寝てろ。ああ、おかあさん、すみません...」
社長の声が遠くなっていく。
『なっちゃん』
母の声も遠くで聞こえる。
今は、何も考えられないや...寝かせて。


『ナツキ...』
夢の中で王子の声が聞こえる。
(晃一くん?)
『すまなかったな、予想していた最悪の事態が起こってしまったが...後のことは、こちらの事務所で何とか大きくならないようにしよう。それは約束する。』
『社長、ナツキまだ寝てるみたいやわ。こいつすぐぼーっとしよるから。』
低い声だった。でも若いのかな?社長って言っても...
『そうか。まあ、おまえらのことも認めた訳じゃない。世間がふさわしくないと思うと、こんな弊害もあることをよく覚えておくんだな。』
『そんな...』
『無理に別れろとは言わん、だが、この娘を二度とこんな目に遭わせたくなかったら、さっさと別れた方が身のためだがな。とにかく周りを刺激しないように気をつけろ。』
『はい。』
『では、わたしはご家族に挨拶して先に帰る。おまえはどうするんだ?』
『もうしばらく...いてもいいですか?』
『ああ、かまわんだろう。』
カツカツと革靴の音が遠ざかるのが聞こえている。
これは、夢じゃないの?
「ナツキ...」
頬に感じる温かい指先、何度も往復して、あたしの髪を拾い上げていた。
(晃一くん、なの?)
「ごめんな、オレ、なんも出来んかった...結局ナツキにこんな痛い思いさせてしもて。オレは、この仕事を甘う見てたんかもしれん。歌で、勝負出来るようになるんは、まだまだやったんや...オレのことを王子やとか、アイドルやっていう形でしか見てくれんのや。今回みたいに一方的に...」
(知ってるよ、本当は歌でやっていきたいことも、自分の顔だとか以外で見て欲しがってることも。)
「王子さまやなんて...オレはそんな綺麗なものと違う。この身体は汚いんや、男にヤラれても反応してしまう、嫌いな女でも抱ける、汚れた身体や。ナツキを抱いてるときだけ、オレは、綺麗になれる気がするんや。おまえさえ居ったらええ、けど歌も捨てられへん...そんな中途半端やったら、大事にしたいと思ったおまえすら守られへんかった。情けないよ...そんなオレを、おまえはまだ受け入れてくれるんか?」
(決まってるやん!そんなん、決まってる!)
必死で声を出そうとする。ぼやけた脳味噌を必死で起こして。
「こ、いち、くん...」
「ナツキ?!痛ないか?大丈夫か?」
「ん...」
「ごめんな、ごめんな...」
王子が病院の糊のきいたシーツを掻き抱くようにして額を擦りつけた。だけど、あたしの身体を抱きしめることはなかった。
「ええんよ、このくらい...身体にちょっと傷が付いたぐらいやし。」
「綺麗な身体やのに...ごめんな」
「なにゆうてるのん、綺麗やないし、晃一くんがしたこととちゃうわ。」
「けど...オレのせいや。責任、取らして欲しい。」
「もう、そんな大げさな...」
「けどさっき、おまえの母親には挨拶してきたで。」
「え??」
驚きだ、それは、いつ?
「おまえが寝てる間に社長と挨拶してきた。曲がりなりにも、オレのファンがしでかしたことや。オレも社長もおまえにも、おまえの家族にも謝らなあかんことやから。」
あの母のことだ。ミーハーに叫んだんじゃないだろうか??
「うちの母親はなんて?」
「ナツキが刺された理由は言ってなかったみたいやな、おまえんとこの社長。」
「うん...」
心配させるから、あたしと王子のコトは内緒にしてるって言ってた。
「オレな、おまえとこのお母さんに『オレはナツキのこと本気です。』ってゆうてしもた」
「ええ??っ、たた...な、なんちゅうこと...」
身体を起こそうとすると走る引き連れた痛み。急いで王子にベッドに戻される。
「大丈夫や、社長の居らんとこでこっそりゆうてきたから。」
そんな...あの母がそんなことを知ったら、怖い。
ある意味関西のおばちゃんやから、もう、宣伝したり親戚中えらいことになるわ。
「そしたらな、『夏希を頼みます。男の子みたいななりしてますが、ウチの可愛い娘です。これ以上心にも身体にも傷つけんとってやってください』って言われた。」
そんなこと言ったの??なんか珍しいって言うか、拍子抜けする。サインでも頼みまくったと思ってたのに。
「心配させてもたな、ほんまにおまえの家族にまで...それに、身体に一生残る傷作ってしもた。もう、他には嫁に行けんから諦めろよな、俺と別れるなんて言い出すなよ?」
「晃一くん...本気?」
「本気や、すぐは無理やけど、ずっと先かも知れんけど。言ってるやろ、オレはおまえや無いとあかんのやから、待っててや。」

「いやや」
「え?」
王子の顔が鳩に豆鉄砲になってる。それでもかっこええんやから、さすがやわ。
「なんで待たなアカンの?」
「いや、ナツキ、せやから、オレは、」
「待つんはいややねん。晃一くんの人気が無くなるのを待つの?それともアイドルや無くなるまで待つの?」
「それは...」
「あたしが相応しくなればええんやろ?晃一くんの隣におってもええぐらい頑張ったら、そしたら...あんな悲しいことする人が居らんようになるかもしれへん。」
「ナツキ...」
ファンだったんだ。どこかで昇る階段を間違えただ人だ。現実から逃避して夢の世界だけ見ていられたら楽だけど、そんな訳にはいかないじゃない!あたしには自信なんかちっとも無いけど、王子はあたしじゃないとダメだって言ってるし、このまま黙って目立たないようにこの業界で生きていくのもヤダ。やめるときはスパッとやめてやるけど、120%の努力もせずに諦めたり、ただ待つだけなんて嫌。
「お笑い芸人なめたらあかんよ?根性だけは負けんから、そっちが待っとき!」

「くっ...はははは!あ、はは...ナツキ、おまえには負けるわ。」
「え?」
「オレかて負けるか。アイドルの根性もなめんなよ?おまえの一人ぐらい何とか守ったるわ。」
「晃一くん...もう!あは...った...笑われへん。」
笑いたくても笑えない。だから必死で顔だけで笑う。
「けどな、いくら王子や言うても普段まで特別なんと違うからな。オフの時はオレだけのナツキで、側におって...」
甘いキスが額に、それから瞼に、頬に...唇に
「取りあえずはよ抱きしめれるように回復してくれ。時間が空いたらしんどなるんはおまえの方やぞ?」
「そ、それは...怪我人には酷な話やわ。
「はよ治って退院せえや。そしたらオレが傷なめて治したるから。」
無茶なことを言う王子だ。
甘いマスクはちょっとだけ意地悪に歪む。
もう一度唇が重なって、あたしは逃げられないまま思う存分王子のキスを堪能させられた。

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素材:CoCo*